日本になりたかった

 「大人になったら何になる?」っていうミホ先生の質問に、「ケーキ屋さん」「サッカー選手」「お姫さま」「プリキュア」とみんなが答える中、マサシは「恐竜」と答えた。他のみんなとは違う断固たる口調だった。正直言って、その迫力に僕は圧倒された。ミホ先生は、それを聞いて「すごーい。大きいもんね」と言った。冷静に考えるとよくわからないコメントだ。大きいからなんだっていうんだ。

 でも、ミホ先生に恋心以前の淡い思慕を抱いていた僕は、褒められたマサシに嫉妬した。そして、もっと大きなものを言ってやろうと思った。そして、「僕は日本になる」と言った。当時の僕が知っている1番大きなものが日本だったのだ。ミホ先生も流石にコメントに困って、目を丸くしていた。

 あれから十数年が経った。20歳になった僕たちは、それぞれ夢を叶えた。ケーキ屋さんになった子もいれば、サッカー選手になった子もいる。もちろんお姫さまやプリキュアになった子もいるし、マサシは恐竜になった。スピノサウルスだ。

 技術革新に伴う生産性の向上によって、人は労働から解放された。その結果、人は労働によって社会的アイデンティティを持つことができなくなった。そのことを危惧した政府(といっても実態は高性能AIだが)は、すべての人の夢を叶えることにした。

 しかし、将来の夢っていうのはころころ変わる。大人になるにつれて夢は現実的で打算的なものになっていく。そういうところからはイノベーションが生まれないだろうという判断で、幼稚園で答えたピュアな夢を20歳になったら叶えるという制度が誕生した。

 発達した科学の力で、たいがいの夢は叶えられる。マサシも遺伝工学の力で見事な恐竜になった。ただ、「日本になる」という夢は現代の科学をもってしても叶えることが難しい。なぜなら、定義があいまいだからだ。もし、これが「日本列島になる」という夢だったら叶えることもできたかもしれない。だが、国土だけが「日本」ではない。国民も必要だろうし、制度的なものもそうだし、あるいは文化をも内包するかもしれない。

 様々な識者(といっても実態は高性能AIだが)が協議を重ねたが結論はでず、僕の夢は保留という形で流されてしまった。

 「何をなさっている方なんですか?」といった類の質問をされたときの僕の心細い感じが理解できるだろうか。夢を叶えた人はみんな充実してそうだ。幼いころに憧れていた純度100%のキラキラした生活を送っている。マサシもスピノサウルスとしてこの世の春を謳歌している。でも、僕は、僕だけは何者でもない。僕は僕というだけである。