思い出のダイナソア

 高校の時の地学のサカイ先生は、新任でシュッとしていたので、私はほのかな憧れを抱いて地学準備室に通った。そこで同じように鉱石なんかを眺めていたのがユミとカオリだった。最初の話題は「天空の城ラピュタ」についてだったと思う。3人ともラピュタが好きで、私たちはポムじいさんに大いなる共感を寄せ、盛り上がった。そうしているうちに我々は仲良くなり、いつのまにか「地層を読む会」、通称・地読会が誕生した。



 ちまたの女子たちは、彼氏が出来ると仲間を集めて報告会を開くらしい。自慢するとともに、オトコがデキてもあたしはこのコミュニティーの一員ですよーってことをアピールする目的があるものと思われる。結成から15年が経った我々地読会のメンバーに今さら彼氏が出来るとは考えられないが、それでも急に呼び出されると少しだけドキッとする。
 今回呼び出したのはカオリだったが、要件は恐竜の化石を見に行こうということだった。先日の地震の影響で、いい具合に恐竜が見える地層が隆起したらしい。
 その週末、さっそく私たちはローカル線とバスを乗り継ぎ、恐竜に会いに行った。


 世界で一番短い小説は、グアテマラの「恐竜」という小説らしい。「目を覚ますと、そこにはまだ恐竜がいた」という一文のみだそうだ。小説に必要なのは「始まり」と「終わり」だ。この一文は、書き出しとしてもオチとしても使えて、重なった「始まり」と「終わり」の間に無限の物語を想像することが出来る。そういう意味で私はこの小説をいい小説だと評価している。というようなことを話したら、ユミは「でも、私もっと短い小説読んだことがある気がする。筒井康隆あたりが書いたやつ」と話の腰を折った。
 恐竜の化石は見事なものだった。見事すぎて作り物みたいで、逆にあんまり感動がなかった。生前どんな行いをすれば、8500万年も綺麗なままでいれるんだろう。
 私が白亜紀の生活に思いを馳せているとカオリが言った。
「私、結婚しようと思うんだよね」
「え、嘘。誰と」
「うーん、サカイ先生」


 あまりに衝撃的すぎて、私は何も言えなかった。ユミはカオリに根掘り葉掘りきいていたようだったが、私はどうやって帰ったかすら思い出せなかった。
 ただひとつ、思い出したことがある。私は、ポムじいさんに憧れて地学準備室に通っていたのではなかった。私は「耳をすませば」の雫に憧れていたのだった。素敵な恋と、それから、誰かに君はダイヤの原石だって言われたかったのだ。決して石たちの声を聞きたかったわけではない。


 その夜、私は夢を見た。サカイ先生が恐竜にまたがって飛んでいる夢だった。15年経って40を目前にしたサカイ先生は、筒井康隆に似ていた。