わかって下さい

 私の勤めている会社は、流行りの家電の見た目だけをパクったチープな製品を作っています。私が初めて関わった仕事はiPodにそっくりのキッチンタイマーでした。最近ではApple Watchそっくりのデジタル腕時計、ルンバそっくりのラジコン、Google Homeそっくりのただのスピーカーを作りました。(ルンバそっくりのラジコンは自信作です。クイックルワイパーのシートを装着することで、実際に掃除もできます。)

 こうやって振り返ってみると、IT関係の製品(に似たもの)を作っていることが多いからか、うちの社長はどこか自分をIT業界の社長だと思い込んでいるふしがあります。先日も、(本来まったく異業種である)ソフトバンク孫正義社長の経営手腕にダメ出しをしていました。その際に、うちの社長は孫正義さんのことを「孫はダメだ〜!俺は孫が嫌いだ〜!」などと苗字で呼び捨てにしていました。

 それが面白くって、私は「孫、孫って、そんなに言うのは社長とピッコロさんくらいですね」と言いました。すると、その場が凍りつき、ものすごい空気になりました。私はしどろもどろに「あ、ほら、ドラゴンボールのピッコロは、悟空のことを孫って呼ぶじゃないですか」などと口にしましたが、その言葉は虚空へと消えていきました。それからどうなったかは覚えていません。気がつくと私はアパートに帰っていました。

 私は、ユーモアのつもりで言ったのです。みんなを笑顔にしたいという気持ちで言ったのです。何が間違っていたのか、振り返ってもわかりません。きっと、私の存在自体が何か間違っているのでしょう。また今回みたいなことをしでかして、そのことがバレないように、これからはなるべく黙っていることにします。

被害妄想ですか?

 わたしの気のせいかもしれませんけど、誘蛾灯って見なくなりましたよね。青い光を放つ電灯で、時々バチバチという音が鳴るやつ。最初はコレ何だろうって思ってましたけど、下に虫の死骸が散乱しているのをみて、あ、寄ってきた虫を殺すための罠なんだなと悟り、少し恐ろしくなりました。昔はコンビニの前とかに必ずついていた気がするんですが、最近見ていない気がします。まだありますか?

 虫が絶滅したという話は聞きませんから、誘蛾灯の需要がなくなったわけではないと思います。それなのに誘蛾灯を見なくなったのは、なんででしょうか。もしかして、あの誘蛾灯ってわたしを狙ってたんじゃないですか? それでしばらくつけていたんだけど、一向にわたしがひっかからないから、別の手を考えるようになったとか。

 そういえば、昔はなかったのに、今はどのコンビニにもオレンジ色のカラーボールが置いてありますよね。逃げようとする強盗に投げると、落ちにくい染料が付着するってやつ。あれも、本当は誘蛾灯に代わるわたし用の新しい罠なんじゃないですか? あのオレンジ色の液体は、染料なんかじゃなくて、わたしに効くように作られた特別な配合の毒だとか。

 周りの人に聞いても、そんなはずはないと笑われるだけなんですが、確証が持てるまで怖いので、コンビニ店員には背を向けられません。今日も、店員さんの目を見ながらジリジリと店を出ました。

レーゾンデートル

 毎日毎日、早起きして会社に行って、夜遅くに帰ってきてるけど、正直もう限界。別にやりがいも感じないし、これがまだ何十年も続くぐらいなら死んだ方がマシ、と思うこともある。でも、まだやりきった感がないし、いま死んだら幽霊になっちゃうかもな。

 そういえば幽霊ってポルターガイストとかラップ音とかできるけど、あれっていつ覚えたのかな? 現時点ではやり方がわからないから、たぶん死んでから学ぶんだと思うんだよね。わたしは仕事を覚えるのが遅いっていつも言われるから、いま死んで幽霊になった時に、うまくやれるか心配だなぁ。

 もし仮にポルターガイストもラップ音も鳴らせない幽霊になったら、わたしが幽霊として存在してるって誰に気づいてもらえるんだろう。そしたら無の存在として現世にとどまり続けることになっちゃうな。それはやだな。研修制度が充実しているといいんだけど…

さよならハデス

 純粋無垢な子どもだったころは、火星は炎が噴き上がる星だと思っていた。金星は黄金でできていたし、木星は緑豊かな星だった。水星は水で覆われていて、彗星と区別がついていなかった。

 大人になるにつれて、正しい(とされる)知識が身について、そうじゃないことがわかった。火星がなんで火星って名前なのかはいまだにわからないけど、惑星の名前を耳にするたびに、今でも頭の片隅に子どもの頃のイメージがチラつく。

 ちょっと前に冥王星が惑星から外れると話題になった。わたしの頭の中では、冥王ハデスがギッチギチに詰め込まれた星がだんだん太陽から離れていくイメージが再生されていた。どのハデスも叱られた子どものような顔をしていた。

 

 

 

 

ゴリラの握力1t

 美味しいものを食べ過ぎて太る。これはわかる。「食べ過ぎ」と「太る」で罪と罰のバランスが取れているからだ。でも、ストレスでハゲるのは意味がわからない。「ストレス」は罪ではないのに、「ハゲる」は罰だからだ。

 誰も好きこのんでストレスを抱えたりはしない。仕事だって、しなくていいならしたくない。就活本には、働くことは社会貢献することだと書いてあった。それが本当なら、労働は善行じゃないか。なぜ善行を積んでいるのにストレスを感じなければならないのだ。ヨブ記(旧約聖書に載ってる酷い目にあっても神様を信じ続けた人の話)か。

 とにかく仕事のストレスでハゲるどころか、頭がおかしくなりそうだったので、問題を解決するために、冷静に分析をしてみた。

 わたしのストレスの原因は、わたしがゴリラではないことだった。ふざけている訳ではない。ちょっと考えてみてほしい。クライアントの無茶な要求、上司からの実行不可能な指示、後輩の勝手な行動、これらのストレスの原因は一見バラバラに思える。

 しかし、わたしがゴリラだったらどうだろうか。ゴリラに無茶な要求を押しつけられるか? ゴリラに変な指示が出せるか? ゴリラの言うことを無視できるか? 答えはNOだ。

 つまり、わたしが常時髪の毛の湿っている色白ヒョロガリだから、周囲からストレスを与えられるのであって、わたしがゴリラだったら、みんなわたしに気を遣って、ストレスなく生活ができるに違いない。ゴリラになりたい。

 そんなことを考えながら過ごしていたら、近所に気の触れたマッドサイエンティストがいて、ゴリラの肉体に人間の頭脳を移植したがっていて、新鮮な人間の脳みそを探しているということだった。

 さっそく私は、その実験に志願した。怪しい金属製のベッドに縛りつけられて、麻酔をかけられて、気がついたらゴリラになっていた。最高だ!

 これからはストレスレスライフを送れるぞ! 満員電車でも肩をぶつけられたり、足を踏まれたりしないだろう。(ゴリラを怒らせてうんこを投げられたりしたらイヤだから)(わたしはゴリラだけど、脳は人間なのでそんなことはしないけど)

 意気揚々と家を出て、しばらくしたら麻酔銃を構えた警官隊に取り囲まれた。気がついたら、よくわからない研究所のようなところだった。

 あれ以来、少し賢いゴリラとして研究所で暮らしている。自由が制限されることもあるけれども、ストレスは少ない。テレビも自由に見れる。この前、電車の中でうんこを投げつけたサラリーマンがニュースになっていた。きっと、肩でもぶつけられたんだろう。

合コンに行ってきた。

 動物好きが集まる合コンに行ってきた。参加者はトリマーや飼育員のような仕事で動物と関わる人から単なる愛犬家のような人まで様々だった。合コンは、友だちの紹介でやるのが一番気楽だし勝率もよい。業者が絡んでいるタイプの合コンは玉石混交だけど、経験上、参加者がピンポイントな企画の方が当たりが多い。俺も昔、動物に関わる仕事をしていたので、この合コンに参加することにした。

 実は、俺は昔、条約によって国際取引を禁止されている動物を密輸する運び屋だった。空路を避けて、船で数日かけてオオテナガテングキツネを運んだ。当然、運んでいる間は世話もする。

 オオテナガテングキツネの飼育方法は、全部ボスから学んだ。(ボスと呼べと言われたのでボスと呼んでいたが、密輸組織全体からみたら班長といった感じのおっさんだった。)ボスが言うには、オオテナガテングキツネは非常に難しい動物だ。まず、水は丸い皿で与えなければならない。でないとグンミヘになってしまう。

 グンミヘが何かはよくわからないが、丸い皿がなかったので、代わりに角盆で水を与えたら、ボスが血相を変えて怒った。「そんなことしたら、グンミヘになってしまうだろうが!」俺が、今すぐ丸い皿を探してきますと言ったら「もう遅い!」とさらに声を荒げた。

 それから、夜はサンタ・ルチアを子守唄代わりに歌わなくてはならない。ボスの説明では、サンタ・ルチア(イタリア語歌詞)のバイブスがオオテナガテングキツネの母親が子どもを寝かしつける時の鳴き声とそっくりなのだそうだ。俺は、毎晩サンタ・ルチアを(イタリア語で)歌ったが、途中で飽きてきて、適当な替え歌を歌うようになった。なんなら替え歌にも飽きて、スピッツのチェリーとかを歌っていた。

 ボスがそれを見つけて、また「そんなことしたら、ボヘンノになっちまうだろうが!」と怒った。相変わらずボヘンノが何かは分からなかったが、とにかくそれはもう取り返しのつかないことらしかった。

 そんなこんなで毎日のように何かしらのミスをやらかし、その度にオオテナガテングキツネはウゼアノとかヒッケゼとかになった。

 しばらくして日本に着いて、オオテナガテングキツネを引き渡す時、ボスが「自分のミスをきちんと説明しろ。それがプロってもんだ」と言うので「すみません。このオオテナガテングキツネ、俺のミスでグンミヘでボヘンノでウゼアノのヒッケゼになってしまいました」と謝った。相手は「そうか。とりあえず元気そうだな」と言った。

 ボスは「相手が無知で助かったな」と言ったが、今考えるとあれはボスが俺をからかっていただけじゃないのだろうか。本当はオオテナガテングキツネは手のかかる動物じゃなかったんじゃないか?

 話は戻るけど、そういう過去を脚色して、俺は動物好きが集まる合コンでうまいこと話し、見事にペットショップに勤める女の子と付き合うことになった。もうすぐ半年になる。

 今日、仕事終わりの彼女が人間関係で悩んでいたので「一番難しい生き物は人間だよね」と励ましたら「いや、オオテナガテングキツネの方が難しいよ」と返された。

It is no use crying over spilt milk.

 部活の後輩のスギモトくんは、登場の仕方がちょっとおかしい。「先輩!」と呼ぶ声がして、振り返ると誰もいなくて、おかしいなと思いながら前へ向き直るとスギモトくんがいたりする。トイレで用を足したあと、手を洗っていてふと目線を上げると背後に立っているスギモトくんと鏡ごしに目があったりしたこともあった。

 最初はふざけてるんだと思って面白がってたけれど、毎回だと疲れるし、普通に怖い。やめてくれと頼んだら、スギモトくんはやめ方がわからないと泣きながら話した。詳しく話を聞くと、スギモトくんは幼少期から子守代わりにテレビを見せられて育ったそうだ。だから、普通人間関係の中で学ぶことを全てテレビから学んだ。物心ついてからはホラー映画にハマったため、つい驚かすような登場の仕方をしてしまうのだそうだ。

 そもそも普通の人は、誰かの前に姿を見せることを「登場」とは呼ばない。じゃあなんと呼ぶかって言われると答えに困るんだけど…。とにかく、もっと自然に何も考えずスッと近づいていけばいいんだよ。とアドバイスした。

 それからスギモトくんは無言でヌッと視界に入ってくるようになった。前よりはマシだけど、ちょっとぎこちない。部のみんなで相談して、青春映画をたくさん見せることにした。たぶんスギモトくんは映画から学ぶのが一番性に合ってるだろう。

 その結果「目が合っちゃったね」とか「いま、俺のこと考えてただろ?」とか体が痒くなるようなセリフを連発するようになってしまった。結局最初のスギモトくんが一番よかったという結論になったので、今度はホラー映画を観ることになった。

 覆水盆に返らずっていう言葉があるが、まさにその通りで、一度起こったことは取り返しがつかない。最終的にスギモトくんは、人の死角の外から突然現れては、イケメン俳優にしか許されない喋り方で口説いてくるようになってしまった。

 上からネバネバした液体が垂れてきて、天井の方を観るとスギモトくんが貼りついている。そして、「この出会い、運命っぽくね?」などと言ってくる。怖すぎる。

 我々部員一同は、スギモトくんを滅茶苦茶にしてしまったことに対する罪悪感から、彼と向き合うことを避け、彼を野放しにしてしまった。たまに妖怪に口説かれたという噂話を聞くと、心がチクチクと痛む。