自由への招待

 自由ってのは金がかかる。俺ん家は貧乏だったから、昔から自由とは縁がなかった。自由帳も買ってもらえなかったから、裏が白い広告を束ねて自由帳の代わりにしていた。裏が白い広告は珍しい。だから俺はなるべく長く楽しめるように小さく小さく絵を描いたりした。カラー印刷用の紙はつるつるしていて、色鉛筆のノリが悪くてイヤだったが、そんな贅沢は言ってられなかった。

 本当は高校にも通いたかったが、お金を稼がなきゃならんかったので就職した。貧乏っていうのは選択肢を奪ってくる。だから自由とは縁遠い。

 そんな俺の目の前に「フリータイム(11:00~20:00)600円」というカラオケ屋の看板が飛び込んできた。なんと!600円で自由が手に入るというのか!

 俺はさっそくカラオケ屋に飛び込み、興奮気味に「フリータイムで!」と告げた。店員が「ダムとジョイがございますが、どちらになさいますか」と言ってきた。意味がわからない。ダムは水を貯めるやつか? ジョイって女医のことか? なんでその2択になるのかは理解できないが、それならば女医の方がいい気がするな。

 「女医で!」と元気よく答えると、店員は部屋番号を教えてくれた。さらに、ドリンクバーを使っていいということだった。さすがフリータイム! 自由だぜ!

 俺は指定された401号室へ向かった。この中に女医がいるのか? こういうのは初めてだから、ちょっと怖い。勇気を振り絞って中に入ると、そこには薄暗く、怪しい照明の光があるだけで、女医の姿はどこにも見えなかった。

 後から来るタイプなのかと思い、今か今かと待ち構えていたが、ついに女医は訪れず、無情にもフリータイムの終了を告げる内線電話が鳴った。

 今になって思えば、ジョイとは女医のことではなく、エンジョイのJOYだったのではないか。それを勝手に勘違いして、俺は結局JOYできなかったのかもしれない。やはり金のない俺は、自由を享受することができないのか。

 もうとっくに春だというのに、まだ冬のように寒い風を浴びながら「次はダムにしてみよう」と心に誓った。

きれいは汚い

今週のお題「桜」

 

 「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という有名なフレーズで始まる、梶井基次郎の『桜の樹の下には』を現代文の先生が紹介した。まさにその次の授業で英語の先生が死体を探しに行く有名な映画『スタンドバイミー』を観せてくれちゃったもんだから、影響を受けやすい10代だった当時の私たちは街中の桜を掘り起こした。

 そういう歴史があるせいで、私たちの街には桜がない。桜があるように見えるが、それらは全てホログラムだ。大人になってから寄付を募って装置を買った。罪悪感があったのだ。この街には桜を知らずに大人になった子どもたちが何人もいる。

 ホログラム桜も完璧ではない。この街の子どもたちは「桜吹雪」という言葉の意味をよく飲み込めていない。この街の桜は散らないからだ。

 室町時代、能を大成させた世阿弥は、著書『風姿花伝』の中で「花は散るからこそ美しい」というようなことを言っている。この街の子どもたちにとって、なんて残酷な言葉なんだろう。だから、この街では『風姿花伝』を禁書として扱っている。

 この街の子どもたちは、桜の本当の美しさをしらない。でも、桜の樹の下から出てきた大量の屍体が博物館に展示されているので、屍体に関してはめちゃくちゃ詳しい。

VS文字そば

はじめに

 このブログを始めたのは6年前、わたしが中1の時だ。親とか学校とか世の中とか自分とかに「なんか違ぇだろ」と感じていたわたしは、自分のそのパッションをぶつける場所を探していた。


 楽器が弾けるわけでもない。絵が描けるわけでもない。そんなわたしができることといえば(できると思ってただけかもしれないけど)、文章を書くことくらいだった。
 学校のパソコンの授業で無料のメールアドレスの作り方を覚えたわたしは、その知識を使ってこのブログを作ることに成功した。(こういうのをテキストサイトっていうことは後で知った。)


 ブログには嘘の日記を書きまくった。沼に住んでるとか家族が宇宙人だとかそんなことを書いた。それはもちろん嘘なんだけど、ある意味では本当のことだった。


 中学の頃は、自由にインターネットを使える環境がなかったから、1度ノートに書いてから、あとで学校のパソコンを使って更新した。


 高校生になってスマホを手に入れたわたしは、いつでもブログを更新することができるようになった。でも、更新頻度はどんどん下がっていった。心の中にある文章を書くためのエネルギーみたいなものが底をつきてしまった感じだった。もともと平凡な人生を歩んできたわけだし、主張したいこともない。ある意味しょうがないことなのかもしれない。


 そんな時に「文字そば」を見つけた。1000字程度の文字だけでできたコンテンツで、日記っぽいものからシュールな創作まで色々ある。わたしがこのブログでやってることと同じだ。なんか嬉しくなって読みまくった。


 読んでいるうちに気になることが書いてあった。「大体1000文字くらいですので、通勤通学の合間やちょっとした空き時間に2~3分でつるっとお読み頂けます。」これが「文字そば」というコンテンツ名の由来のようなんだけど、わたしはめちゃくちゃ腹が立った。何が「空き時間につるっと」だ。


 わたしにとってテキストは自分自身を世界に叩きつけることだ。空き時間に読むな、テキストを読むための時間を作れ。つるっと読むな、何度も何度も咀嚼しろ。


 こうして、わたしの中に怒りの感情がわいた。心の中のエネルギーが充填されたのを感じる。「文字そば」への怒りで文章が書ける。そういうわけで個人的に「文字そば」と戦うことにしました。

 

ルール

 「文字そば」が更新されているのを確認したら、中身は読まずにタイトルだけみて、同じタイトルのテキストを書きます。
 2つのテキストを読み比べて勝敗を決めます。このブログのことは誰にも話していないので、自分で勝敗を決めます。URL上段が本物の「文字そば」で、下段はわたしが書いたもの。

 

VS文字そば

1.メシの量が足りないのが死ぬほど怖い
 https://omocoro.jp/rensai/163388/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/01/16/200008
 「ばくだんオニギリ」を「そのような爆発物」と表現したところで笑ってしまったので敗北。そういえば、人生の中で誰かにご飯をおごってもらったことがない。


2.見斬りのオファー
 https://omocoro.jp/rensai/163290/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/01/18/200005
 カービィミニゲームのことは頭に思い浮かんだんだけど、まさかゲームキャラクターにオファーするっていう話だとは。その切り口はなかった。敗北。明日はセンター試験

 

3.メビウス
 https://omocoro.jp/rensai/163666/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/01/22/093147
 商品名や作品名ばかり浮かんできて、まさか自分の体の中にメビウスが隠されている可能性は思い浮かばなかった。敗北。でも下ネタは嫌いです。


4.逡巡しない強さ
 https://omocoro.jp/rensai/163864/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/01/23/200036
 何気ない日常から教訓めいたものを引き出し、それでいて自分の小ささをオチに使うことで説教臭さを消している。匠の技が光るテキスト。敗北。


5.赤面症の思い出
 https://omocoro.jp/rensai/161098/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/01/25/213002
 甘酸っぱいホンモノの思い出だったので敗北。オチまで美しい。わけのわからないニセモノの思い出を書いてしまったことが急に恥ずかしくなってきた。わたしにはこんな素敵な思い出はない。

 

6.虫歯の痛み
 https://omocoro.jp/rensai/164586/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/02/01/173741
 これが本当の話かどうかはわからないけれど、自分がどう考えていて、何があって考えが変わったのかっていうことをきちんと書けるのはすごいと思った。わたしは自分が何を考えているのかまったくわからない。敗北。明日から私立大学の入試がはじまる。


7.君はもう白ち〇ぽを見たか
 https://omocoro.jp/rensai/164200/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/02/05/200004
 ついに出た、下ネタ。下ネタ嫌いなんだよな。と思ったらそんなに下ネタでもなくて、旅行記的なやつだった。小学生男子の言う「バカっていうやつがバカ」的なノリで、下ネタを気にするやつが1番下ネタに興味があるのかもしれない。敗北。


8.奮戦した敵を手厚く葬る指揮官になる妄想
 https://omocoro.jp/rensai/164824/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/02/06/200040
 もうタイトルで完結してるじゃん。だいたいそんな妄想したことないから、ディティールで勝てるわけがない。敗北。


9.ハンバーガーデイの革命
 https://omocoro.jp/rensai/165196/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/02/07/200013
 世の中にはこんな怖い会社があるのか。「ハンバーガーデイ」というかわいい響きに反して、酷い制度だ。革命が成就してよかった。敗北。


10.大粒のミンティア
 https://omocoro.jp/rensai/165303/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/02/08/200004
 キャンディを食べると大人になる古いアニメのことを思い出しながら書いた。引き分け。


11.女優が売れても歌手活動しなくなった
 https://omocoro.jp/rensai/165595/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/02/11/200035
 たぶん平成初期くらいの話だろうなと思ったら案の定だった。ちょうど剛力彩芽で何かSFチックな話が書きたいと思っていたので、楽しく書くことができた。よって勝利。


12.なんだかもう無茶苦茶だった。
 https://omocoro.jp/rensai/165763/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/02/17/200006
 自由度が高すぎて逆に書くのが難しい。出来上がったものを比べると、全然重なるところがない。試合不成立で引き分け。


13.卒業式を支配した経験
 https://omocoro.jp/rensai/165484/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/02/18/231330
 どうやったら卒業式を支配できるのか。真っ先に考えたのが放送部員になる方法。あとは生徒会長として答辞を読むとか、自分の第二ボタンを報酬に後輩たちを操るとか、卒業式を司る式神を召喚するとか色々考えた挙句、出来上がったものを読むと、別にこれ支配しちゃいないな。まぁでも想定の範囲内だったので、引き分け。あと一ヶ月もしないうちに、わたしも卒業だ。


14.日本になりたかった
 https://omocoro.jp/rensai/166426/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/02/21/200028
 タイトルを読んで『ヘタリア』に出てくる日本を擬人化したようなキャラクターに憧れる人の話を思いついた。マンガのキャラクターに影響を受けて痛々しい行動をとってしまった過去の自分を恥ずかしく思うみたいな筋書きだ。でも『ヘタリア』には詳しくないので、具体的なエピソードが書けないと思って、国になりたいと言ってしまった人の話を書いた。「文字そば」の方もたしかに『ヘタリア』の話だったんだけど、最後の一文に感情を揺さぶられたので完敗。


15.古時計が聞けない
 https://omocoro.jp/rensai/166152/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/03/05/200005
 憧れの裏返しなんだけど、ことあるごとに『耳をすませば』をバカにするような態度をとってしまう。今回もその悪癖が出た。読み返して気がついたんだけど、「 心当たりの方は~」でオチをつけるのは2回目だった。引き分け。だんだん書くのが苦しくなってきて、前回からだいぶ時間が空いてしまった。別に誰かのためにやっているわけでもないし、止め時がわからないなって思っていたら「オモコロ杯」というのが開催されることを知った。ちょうどいい。これに投稿して、この企画を終わりにしよう。


16.ブックオフ円環構造
 https://omocoro.jp/rensai/166632/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/03/11/205957
 「ブックオフで買った本が、買った時以上の値段で売れた」みたいな話かと思ったら、違った。書きながら話を考えたから、もう一回書けばもう少し上手に書ける気がするけど、じいちゃんがブックオフを通じて拡散していくっていうのは気に入った。勝利。


17.感動の感度が3000倍になった
 https://omocoro.jp/rensai/167148/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/03/13/200044
 卒業式のくだりが被った。ちょっと読んでも意味がわからなかったので、勝利。明後日は本当に卒業式がある。たぶん、わたしは泣いたりしないだろう。


18.観覧車怖すぎる
 https://omocoro.jp/rensai/167142/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/03/16/090002
 ジェットコースターは平気だけど、観覧車は無理って人を知っている。まぁそういう話だと思ったら、違った。観覧車の実物を見たことのない人の話にすることで、こんなに観覧車の異物感が引き出せるとは。オチは唐突だけど、そのテンションの落差に笑ってしまった。敗北。ついに高校を卒業したので、もう校長先生の話を聞くこともない。


19.三河安城駅を定刻どおり通過しました
 https://omocoro.jp/rensai/167150/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/03/18/213035
 死ぬほど難しいタイトルだった。「三河安城駅」なんて知らないし。ググった知識でエピソードを捏造した。本物の「文字そば」の方は、またAVの発言をネタにしたものだった。みんなどんだけAV見てるんだ。それにしてもAVは面白ワードの宝庫だな。性的な空間は普段隠されているから、持ち出した時にこういうイノベーションが起きやすいのかもしれない。AV見てみようかな。引き分け。

 

20.確定申告ユーモア
 https://omocoro.jp/rensai/167240/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/03/24/200045
 確定申告をしたことがない。モラトリアムを生きている身としては「確定」の二文字が怖くて仕方がない。そういう気持ちを書いた。大喜利では「食べログで高評価」って解答が使いやすいと思う。「こんな動物園は嫌だ」「初めて彼氏の家に行ったときにやるべきこと」「天才犬ラッシーの驚きの特技とは?」どうですか? 引き分け。


21.くたばれ社員旅行
 https://omocoro.jp/rensai/168036/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/03/28/200020
 社員旅行に行ったことがない。ちょうど観てたドラえもんの映画をリスペクトして書いた。本物の「文字そば」を読んで驚いたのは、こんな簡単に仕事を辞めてもいいんだってこと。現実はwork or dieではなかった。学びの多い敗北。


22.死ぬまでにやりたいことベスト3
 https://omocoro.jp/rensai/167567/
 https://binetsusan.hatenablog.com/entry/2019/03/30/200027
 一生懸命考えたけど、死ぬまでにやりたいことなんかない。実際には『最高の人生の見つけ方』は1人で見たんだけど、誰かと見たらこういう話になるだろうな、と思って書いた。やりたいことが全然思い浮かばないのは本当。本物の「文字そば」の方は、オチの意味がわからなかったので、勝利。

 

おわりに

 22戦4勝12敗6引き分けという結果になった。まあ勝敗自体はわたしのさじ加減なので、なんの意味もないことなんだけど。この3ヶ月の間、人のテキストを読んだり、自分で書いてみたりして、改めて自分には何もないことを突き付けられる思いだった。

 

 この間に、高校の卒業式を迎えたけど、予想通りわたしの涙腺はみじんも緩んだりはしなかった。たぶん、青春をかけて何かに打ち込んだり、日々を生きていた人だけが、最後に泣くことができるんだろう。そう考えると、わたしの3年間はいったい何だったんだって気がするけど、最後に「文字そば」と戦えたおかげで、高校時代にやり遂げたことが少なくとも1つはできた。

 

 途中から更新されなくなったので、薄々感じてたけど、なんと「文字そば」というコンテンツは休止することになったらしい。わたしが「文字そば」と戦っていたこととは関係ないのはわかるけど、試合中に相手を殺してしまったボクサーみたいな気持ちになる。

 

 もう「文字そば」への怒りはない。戦っているうちにそんなのはどっかに消えちまったよ。ありがとう「文字そば」。わたしはここでテキストを書きながら、お前の復活を待ってるからな。

死ぬまでにやりたいことベスト3

 いま、モーガン・フリーマンがアツい!

 自分でもよくわからないけど、モーガン・フリーマンがいまマイブーム。モーガン・フリーマンが出ている作品を見まくっている。(モーガン・フリーマンって、モーガンと呼べばいいの? それともフリーマン?)

 『ショーシャンクの空に』も『ダークナイト』も『RED』も『グランド・イリュージョン』も見た。どれも面白い。特に『RED』がオススメ。

 それで、さっき『最高の人生の見つけ方』を見た。簡単に説明すると、余命宣告されたジャック・ニコルソンとモーフリ(モーガン・フリーマンの略)が、死ぬ前にやりたいことをやるっていうハートフルなストーリー。

 たぶんこの映画を見た人の8割が、死ぬまでにやりたいことリストを作ったと思う。わたしも部屋で彼氏と見たんだけど、「死ぬまでにやりたいこと3つ発表しあおうぜ」という流れになった。

 すごい悩んだ。わたしは色んなことをやったことがない。献血バンジージャンプも海外旅行も自動車の運転も外国人とセックスもしたことがない。でも、死ぬまでに絶対やりたいかっていうとそこまででもないな。

 本当にやりたいことを考えているうちに、予告状を出してから宝石を盗むとかも思いついたけど、なんかピンとこない。やりたいことがない。

 だいたい、こういう会話になったときに「巨大ロボットに乗って街を蹂躙したい」とかうっかり言っちゃったら、相手に変な人だと思われてしまうかもしれない。本当にやりたいことが見つからないし、ここは無難な解答をするのが正解なんじゃないか。

 でも正解ってなんだろう。映画の中では「見ず知らずの人に親切をする」っていう項目があったけど、こういうのってなんか偽善者っぽいというか、気取ってる感じがするなあ。かといって、酒池肉林系は下品で欲深い感じがして印象悪い。

 そういう訳で、わたしが考えた無難な死ぬまでにやりたいことベスト3を発表します。「貸切のディズニーランドで遊ぶ」「図書館の本棚まるまるひとつ分の本を読みきる」「大勢の人を感動させる」これです。

 「ディズニーランド〜」は欲望の中にかわいらしさを忍ばせてある。「図書館〜」には知性を、とどめに「大勢の人を〜」で優しさもアピール。イヤミにならないギリギリのラインを攻めつつ人間の醜さを感じさせない、我ながら見事なラインナップだ。

 ちなみに彼氏は「フルマラソンを完走する」「グアテマラに行く」「知り合い全員を呼んでクラブイベントをやる」だってさ。つ、つ、つまんねぇ〜〜

 死ぬまでにやりたいことは見つかんなかったけど、とりあえずこの(モーガン・フリーマン似の)男と別れることから始めよう。

くたばれ社員旅行

 景気のいい時は、我が社にも社員旅行があったらしい。会社からみんなバスに乗って温泉に行くのが定番のコースだったそうだ。みんなバスが出発すると同時に車内で飲み始め、その結果、本番の宴会にたどり着けなかったものも少なくなかったとか。それから、若手社員は何らかの宴会芸(主に脱ぐタイプのやつ)を披露したりして、それはそれは盛り上がったそうだ。

 先輩からそんな話を聞いて、口では「いいッスね!」などと言ったが、まじムリ最悪絶対ごめんだ。なくなってホントよかった〜。

 ところが、近年業績と反比例して離職率が右肩上がりの我が社は、社員の士気高揚のために社員旅行を復活させると言い出した。馬鹿野郎! 逆効果だ! 離職率がさらに上がるだけだ!

 だいたい「旅行」という概念がなくなってそろそろ数世紀が経とうというのに、「社員旅行」の経験者がまだ勤めているというのも驚きだ。医療技術の進歩はすごい。「寿命」という概念は最早なくなった。それは同時に「定年退職」という概念がなくなることでもある。人々は生きている限り永遠に働かなければならなくなった。地獄だ。work or die.

 トランスポーターが発明されてから、乗り物は純粋に乗ることを楽しむ人以外には不要となった。世界の大きさは限りなくゼロに近くなった。近所のコンビニに行くのもブラジルに行くのもたいして変わりはない。ボタン1つでどこへでも行ける。

 だから、蘇った社員旅行でバスを使うと言った時はビックリした。バス。乗り物博物館でしか見たことのない巨大な車。

 あんなに嫌だ嫌だと思っていた社員旅行だけど、ちょっとテンションが上がってしまった。やっぱり男の子だから、恐竜とか車とか、そういう巨大で古代のロマンを感じさせるものには弱い。

 社員旅行当日、たしかにバスが迎えに現れた。一体いくら掛かったんだろう。感動の光景だった。ほとんどの社員にとって、初めての乗車体験だった。

 今回の社員旅行も話に聞いていたように、みんな酔ってしまって宴会にたどり着けなかった。ただし、酒に酔ったのではない。車酔いだ。まさか車がこんなに揺れるものだとは知らなかった。

 貴重なバスをゲロまみれにしてしまったことで、かなりの賠償金を請求されたらしい。会社は終わった。死。

確定申告ユーモア

 拙者は浪人。あてのない旅の剣客でござるよ。ということはもちろんない。大学受験がうまくいかず、行くところがなかったので仕方なく浪人生となった。

 1年間、高校生以上大学生未満の身分で、始終ふわふわした気持ちでいた。谷間に生きる者、それが浪人だ。

 2回目のセンター試験は初回とは比べものにならないほどのプレッシャーだった。もしここで失敗したら、どうなってしまうのか想像もできなかった。長い間ふわふわした気持ちで過ごしていたら、自分の存在自体がふわふわしてきてしまうんじゃないか。そういう実存的な不安と恐怖があった。

 私立大学の一般入試もひと段落した2月半ば、街には「確定申告は正しくお早めに!」という横断幕やポスターが登場した。確定申告!?

 確定申告っていうのが何かはよく知らない。ただ、難しいということだけは聞いたことがある。それは微分積分有機化学よりも難しいんだろうか。

 確定申告っていうくらいだから、きっと確定したものを申告するんだろう。合格発表待ちの浪人生に確定したものなんかあるわけないだろ。ふざけやがって。

 ポスターには「やるぞ!確定申告」という文句とともに目鼻立ちのくっきりした女の人が手を挙げている。これが確定申告をした確定人間の顔か。どうりでくっきりとしていやがる。

 それに比べて俺の顔は、鏡で見てもぼんやりしている。これが未確定人間(あるいは不確定人間)の顔だ。俺も確定申告をすれば確定人間になれるだろうか。

 確定申告は簡単だ。「ナントカ大学のナントカ学部に進学します。」これだけで終わり。その瞬間から俺は確定人間として、確かな輪郭を与えられる。

 でも、本当にそれでいいのか。未来は無限大なんじゃないのか。俺という存在を確定してしまって後悔はないのか。そう考えると、やっぱり確定申告は難しい。

 だいたい、自分の確定を国に申告するという制度自体に疑問がある。俺は、たとえふわふわでもぼんやりでも、無限の可能性を持った自分でいたい。だから、確定申告はしないし、大学の合格発表も見ない。

 そう父親に宣言したら、思いっきりぶん殴られた。でも、確固とした実在を持っていない俺の身体を、ちゃんと確定申告をしているであろう父親の拳はすり抜けていった。その勢いで俺の身体は霧散し、あとには何も残らなかった。

三河安城駅を定刻どおり通過しました

 ここんとこ送別会が立て続けにあったから、体重が増えて財布が軽くなった。課の送別会、部の送別会、係の送別会、さらに女子会で計4回ミサキちゃんを送り出したが、ミサキちゃんはまだいる。

 うちの会社がブラックなのか、それともキャリアアップを伴う転職が一般的になってきたのか、とにかく人の出入りが激しくて、顔を覚える前に辞めてしまう後輩も多い。

 こんなに目まぐるしく周りの人が入れ替わるなんて、昔は考えもしなかった。小学校の頃なんか、転校生が来るとそれはもう大騒ぎだった。他クラスはもちろん他学年からも転校生を一目見ようとやってくるような有様だった。

 何年生の時だったかは忘れたけど、フジイくんも転校生だった。当時は気にもしなかったけど、転校生ってきっと不安なんだろうな。周りは人間関係が出来ているのに、自分だけはアウェーというか異物感というか、きっと心細いだろう。

 フジイくんは「愛知から来ました」と自己紹介した。みんな、愛知の場所がピンときていなかった。そんな中、お調子者の男子が言った。「あ、名古屋県!」

 その時、フジイくんはピシャッと「一緒にしんで!」と言った。わたしは「あ、やっちゃったな」と思った。みんな転校生を値踏みしている。そんな雰囲気の中で、こんな風にケンカ腰になってしまったら反感を買うだけだ。

 案の定、男子たちは「誰がお前と一緒に死ぬかよ」などと言って、フジイくんをからかい始めた。文脈から言って「一緒にしないで」って意味だってことがわかんないのかな。男子はバカだからわかんないか。

 大人になってから、愛知には尾張三河という2つの派閥があることを知った。名古屋は尾張サイドらしいから、フジイくんはきっと三河の方からやってきたんだろう。そんなこと、愛知から遠く離れた田舎の小学生には知ったこっちゃなかった。

 それからフジイくんはやっぱり周りと馴染めていないようだった。まぁフジイくんはオタクっぽくて暗い印象だったし、ドンくさいうえに成績も中の下くらいだったから、この件がなくてもそうなってたかもしれないけど。

 いつかのバレンタインデーに、クラスの女子全員でクラスの男子全員に手作りのお菓子をあげることになった時(この行事は、抜けがけを監視すると同時に、シャイな子も大勢に混ざることで参加することができるという高度に政治的な取り組みなのです)、誰も候補がいなかったので、わたしがフジイくんに手渡すことになった。

 フジイくんは、お礼にと言って、電車の車内アナウンスをフルコーラスでやってくれた。「そういうところだぞ」と注意してやりたかったけど、フジイくんが満足そうだったので黙って聞いていた。

三河安城駅を定刻どおり通過しました」

 三河安城駅がどんなところなのかはわからない。でも、いつもひとりぼっちで暗い顔をしているフジイくんにとって、そこが彼の本当の居場所なんだろう。フジイくんは、将来愛知に戻って電車の運転手になると話してくれた。

 私立の中学に行ったんだったかなんだか忘れたけど、フジイくんはいつのまにかいなくなっていた。わたしは大人になったけど、未だに名古屋には行ったことがない。いや、ごめん。愛知だった。