ナンタブくん

 弊社の社内報の表紙の隅っこにいる緑色の奇怪な生命体は「ナンタブくん」と言います。「ナンタブくん」は弊社のマスコットキャラクターとして1967年にデザインされました。しかし、残念なことに知名度は決して高くはありません。そもそも、社内報以外には使われていません。また、社内報で使われているもの以外のイラストカットが作られた記録はなく、実質その1枚だけが「ナンタブくん」のすべてです。
 このように残念な扱いをされている「ナンタブくん」ですが、きちんと商標登録もされており、社の財産として管理されています。4年前、新入社員の私が初めて任された仕事が、この「ナンタブくん」に関わる権利の管理でした。当然、年に4回発行される社内報以外で使われることはありませんので、権利の管理と言っても何もすることはありません。
 大学では知的財産権を専門的に学び、就職したばかりでやる気に満ちあふれていた私は、この「ナンタブくん」関連の仕事に情熱を燃やしていました。何もすることはありませんでしたが、将来的に熊本県の「くまモン」のように年間何百億円を稼ぐビッグコンテンツになるかもしれません。私は「ナンタブくん」がメジャーになった時に備えて、「ナンタブくん」の設定を固めていきました。「ナンタブくん」の性格、家族構成、幼少期のエピソード等々……
 誰に頼まれたわけでもありませんが、勤務時間の大半を「ナンタブくん」の設定作りに捧げました。すると、今まで無味無臭なキャラクターでしかなかった「ナンタブくん」がなんとなく生き生きとしてきました(少なくとも、私の眼にはそう映りました)。
 しかし、4月に発行された社内報に、衝撃的な記事が載っていました。なんと、会社のマスコットキャラクターを作るので、広くアイデアを公募するというのです。おいおいおい、じゃあ表紙にいるキャラクターはなんなんだよ。すぐさま広報課に問い合わせましたが、「ナンタブくん?何のことですか?」というような反応でした。その程度の認知度だったわけです。
 私は悔しくて悔しくて、禁忌を犯してしまいました。その公募に4年間あたためてきた「ナンタブくん」の設定を添えて提出したのです。(知的財産権の保護という観点に立てば、すでに商標登録されているキャラクターをコンペに提出することは、権利の侵害にあたります。)
 4年間、とてつもない熱量を込めて作ってきた「ナンタブくん」の設定資料は、とてつもない厚さになりました。特に「ナンタブくん」が高次生命体とのチャネリングを通して、アセンションのきっかけを掴み、5次元波動に達する「ナンタブくん〜13回目の宇宙編〜」は読みごたえ抜群です。ちょっと考えてみた程度のアイデアが、この壮大な「ナンタブくん」の世界に勝てるわけはありません。
 先日発行された社内報7月号に、この公募の結果が載っていました。採用されるのは「きこりい」という山ガール的いでたちのキャラクターに決まったということでした。私が提出した「ナンタブくん」は「たくさんのご応募ありがとう!」の13文字の中に消えて行ってしまいました。
 さっそく私の仕事も「きこりい」に関わる権利の管理に変わりました。10月号の社内報からは、この「きこりい」が表紙に使われるそうです。