大粒のミンティア

 心当たりがある人もいると思うんだけど、暗い青春を送った者は悪魔に心ひかれる。私も例に漏れず悪魔召喚の儀式を試した。いわゆる黒歴史ってやつだ。全国のイケてない中高生の9割は試したんじゃないかな。そのうち実際悪魔を召喚することに成功したのはどれくらいいるんだろう。私は成功した。

 本に書かれたとおり儀式を行ったら、手書きの魔方陣から悪魔が出てきたので、契約を結んだ。中学生の頃、私は身長も低いし、髪は天パで、その上ニキビ面だったので、別の自分になりたかった。そういうわけで、魂と引き替えに変身する能力を手に入れた。変身のスイッチはフリスクとかミンティアとか、ミントタブレットを食べること。そうすることで、私は「暗黒堕天使(ダークネスフォールンエンジェル)ルシファス」に「受肉降臨転身(アドベントチェンジ)」できる。

 ルシファスは美しい青年だが、その目元にはどこか冷たさが宿っている。銀の長髪に混ざるひと筋の金髪は、彼に神の血が流れていることの証でもある。レザーコートには銀のチェーンが巻かれているが、これは強大すぎる力を制御するためのものだ。等々。当時の私がかっこいいと思うものがてんこ盛りになっている。

 試しにフリスクを食べてみると、イメージ通りのルシファスの姿に変身することができた。最高だ。この姿なら、きっと女子にもモテる。そう考えた私は、密かに思いを寄せていたミサトちゃんのところへ向かった。

 ミサトちゃんの下校ルートで待ち伏せしていると、同じ部活の仲間と一緒にミサトちゃんがやってきた。変身して自信に満ちあふれていた私は、ミサトちゃんに声をかけた。「俺はキミを見つけるために、幾千年の時を経てここに来た。」キマった。完璧だ。

 しかし、予想に反して、ミサトちゃんの反応は薄かった。「え、何?」という感じだ。その先に何を言うか考えていなかった私がまごまごしていると、ミサトちゃんたちはそのまま行ってしまった。あとで「いまの何だったの?」「こわ」「キモ」「ダサ」などと言っているのが聞こえた。(クレアオーディエンスの力で聴覚が強化されていたため)

 なんかものすごく傷ついた私は、それ以来ルシファスに変身することはなかった。

 

 ミントタブレットを食べるとルシファスになってしまうため、それから今までの20年間、私は一度もミントタブレットを食べなかった。口臭が気になるときはミントガムを食べればよかったし、別に困ることは全然なかった。しかし、いま私にピンチが訪れた。

 中学から県立の高校に進み、さらに地元の大学を卒業した私は、そのまま地元の樹脂メーカーに就職した。すでに30歳を過ぎ、社内でも中堅どころという扱いだ。いま新規の取引先の社長との打ち合わせ(という名の飲み会)が終わった。

 肉料理のソースにニンニクが入っていたからだろうか、取引先の社長はおもむろにミンティアを取り出した。しかも大粒のやつだ。すかさず同席していた先輩が「あ、なんですかそれ? そんな大きいのあるんですか?」と言った。これは相手を気持ちよくさせるためのリップサービスだ。実際にはこの先輩が同じもの持っているのを私は知っている。社長は「なに? 知らないのか。あげるから手を出しなさい」と楽しそうに言った。先輩も「えっ! いいんですか? ありがとうございます」などと言っている。やばい。この雰囲気では食べないという選択肢は選べない。

 なんかフルーツ味っぽいので、もしかしたら変身しないかもしれない。私はそこに一縷の望みをかけて、意を決して大粒のミンティアを口に入れた。

 大粒のミンティアだったからか、私はきもち大きめのルシファスに変身した。ルシファスも20年分老けていて、パッとしないヴィジュアル系のバンドマンみたいになっていた。