うしろまえ

「マエジマくんってキノコみたいな髪型してるよね」
 自分で口にしちゃってから「あっ」って思った。しまった。つい心の声が、表に出てしまった。
「そのボーダーのセーターとよく似合ってる」
 とっさにフォローした。そういえばマエジマくんはいつもボーダーの服を着てる。それとキノコみたいな髪型のせいで目と鼻と口がなかったら、どっちが前だかわからない。
 マエジマくんは黙り込んでしまった。
 やっぱりこのフォローはイマイチだったか。ボーダーのセーターって、なんか棒が多いし。伏字にすると○ー○ーの○ー○ー。メガネの人が並んでるみたいだ。
 マエジマくんは相変わらず黙っている。うーん、謝るべきか。でもそうするとフォローが無駄になっちゃうし。っていうか男のくせに髪型がキノコみたいって言われたくらいで傷つくなよ。実際キノコみたいな髪型してるんだからしょうがないじゃん。
「先輩、もしかして、わかってて言ってるんですか」
 あたしが心の中で逆ギレしていると、マエジマくんが口を開いた。わかった? 何を? 髪型をマイナーチェンジしてたとか? おニューのボーダーのセーターだったとか? 「おニュー」って言葉は若者らしくないかな? また棒が増えちゃったし。いやいや棒は今関係ない。うーん、何にもわかってないけど、マエジマくん理解されたことに対して少し嬉しそうだからわかったことにしてしまえ。
「うん」
 曖昧な表情を作ってみた。好きなように読み取ってくれ。
「やっぱり。先輩も同類なんですね」
「同類?」
「はい。実は僕、『うしろまえ』なんです。先輩は?」
 何? 「うしろまえ」って、洋服の前後を逆に着てるってこと? じゃあ全っ然同類じゃない。あたしは正しく着てる。下着はバラバラだけど。
「うーん。よく表裏があるって言われるかな」
 そう。あたしはよく人から「表裏がある」って言われるのだ。でも表も裏も醜いよりは、表だけでも綺麗な方がいいじゃんって思う。それなのに表裏がある人って結構嫌われるんだよね。不思議。
「『おもてうら』ですか。そんな名前の妖怪は初めて聞きましたよ」
 え? 妖怪? なんの話?
「まぁ僕たち『うしろまえ』もメジャーな妖怪ではないですけどね。パッと見は普通の人間と変わらないんですが、人間と前後の感覚が反対なんです。普段は後ろ向きに歩くことで人間の中に溶け込んで暮らしています」
「それで、人気のないところで二人きりになると、後ろにある本当の口で人間を食べちゃうとか?」
「それじゃあ二口女じゃないですか。僕たちには後頭部に口なんかありませんし、人間も食べません。ただ前後の感覚が人間と違うんです」
 それって妖怪っていうのか? ただの変わった人じゃん。あとで妖怪の定義を調べよう。
「『おもてうら』はどういう妖怪なんですか?」
「妖怪っていうか…… まぁ考えていることと反対のことを言っちゃうみたいな」
「なるほど。天邪鬼みたいなものですね」
「まぁだいたいそんな感じ」



 それからというもの、マエジマくんはあたしを見つけるたびに妖怪トークをしてくるようになった。「人間に混ざって暮らすのはツラい」だとか「いつか本性を現したい」とか。一方あたしはあたしで病的に外ヅラがいいもんだから、「妖怪おもてうら」として話を合わせた。



 そんなある日、同じバイト先のイチムラさんとマエジマくんの話になった。
「あのさー、うちのバイトにさー、マエジマっているじゃん。変な髪型でいつもシマシマのやつ」
「マエジマくんがどうかしたんですか?」
「なんかさー、キモくねー? トロいしさー」
 いつものあたしだったら「うーん、たしかにちょっと変わってますよね」なんて言って適当にごまかすところだが、その日はなんか違ってムカムカした。マエジマくんがキノコみたいな髪型で、いつもボーダーの服を着ているのは前向きに動いても後ろ向きに動いてもいいようにだし、少しトロいのは(彼にとって)後ろ向きで暮らしてるからなのに。マエジマくんだって必死なのに。
「ちょっとイジめて辞めさせちゃおっかなー」
「このクソ野郎!」
 無意識のうちにあたしはイチムラさんのアゴをグーで殴っていた。失神したイチムラさんを見て、周りの人がどんどん集まってくる。その中にマエジマくんもいた。
「先輩。ついに、人間の前で本性を現してしまったんですね」
「そうみたい」
 私は半笑いで答えた。
「では、僕も」
 そう言ってマエジマくんは後ろ向きに走り出した。
 スゴい速さだった。