父と旅行の思い出

 小さい頃の写真を見ると、海にスキーに色々なところに連れて行ってもらっていたことがわかる。海外旅行こそなかったけど、最低でも年に1回は家族旅行があったみたいだ。いまになって、ようやく父のスゴさとありがたさがわかるようになったが、正直旅行の記憶はあまりない。

 家族旅行の思い出で、強烈に私の記憶に残っているのは、どこかに新幹線で旅行した時のことだ。父は駅弁を買いに行っていて、私たちに遅れて乗車することになっていた。

 ところが、出発の時間が近づいても父は新幹線に乗ってこない。母も不安そうな顔をしている。少しして、窓の外に家族の分の弁当を抱えた父の姿が見えた。しかし、無情にも新幹線のドアは閉まり、絶望した顔の父をホームに残して出発した。

 今のようにケータイなどない頃の話である。私はうろたえた。もう二度と父には会えないような気がして泣いた。最低の旅行の幕開けだ。母は「パパは大人だから大丈夫」と言って私を慰めたが、信じられなかった。

 私たちは父を置いて、その日の宿に向かった。そして、その部屋に行くと、なんとすでに父がそこにいたのだ。父は駅弁を食べながら、こともなげに「遅かったな!」と言った。この日ほど父が頼もしく見えたことはない。私は安堵の気持ちからまた泣いた。

 母は弁当を全部食べてしまった父にブチ切れていた。

 

(小さい頃の記憶なので、細部が曖昧なのですが、あの日どうやって先回りしたのか父に聞いても「そんなことあったっけ?」と言います。もしかしたら、私の本当の父は、あの日駅に置いていかれたままで、あの日を境に入れ替わってしまったのかもしれません。)