森には獣がいる

 いま、私の目の前には木でできた直方体がある。授業で彫刻を作ることになったのだ。ルネサンス期の彫刻家ミケランジェロは、石の中に掘るべき彫刻の姿を見出したと言われているが、私はこの木の塊から何も見出すことができない。むしろ、このままでもいいんじゃないか?
 私は、表面にやすりがけだけして、木を直方体のまま提出することにした。しかし、やすりがけをしているうちに段々と気持ちが変わってきた。なんか、もう少し真ん中あたりが窪んでた方がいいんじゃないか?
 私は私の第六感を信じて、何の形というわけではないけれど、心のおもむくままに木を削っていった。気がつくと木は、どんどんとエロい形になっていた。私は楽しくなって、さらにやすりがけを続けた。ここは滑らかに、ここはもう少しヒダっぽく……
 いつのまにか夜になっていたけれど、ついに私の彫刻が完成した。それは地母神崇拝のために作られた古代の人形のようなフォルムで、やっぱりめちゃくちゃエロい雰囲気を放っていた。会心の出来映えだ。
 でも、これを提出することはためらわれた。あまりにもエロすぎて、私の人格が誤解されるかもしれないからだ。一方で、この世紀の傑作を発表したいという思いもあった。私の彫刻は、特に何という形はしていない。ただ、抽象概念としての「エロさ」が具現化したとしか言いようのない形をしている。
 なんとなくこの彫刻に愛着のようなものを感じていた私は、結局提出する覚悟を決めた。こんな素晴らしいものが日の目を見ないということはありえない。
 美術の時間になり、各々が作ってきた彫刻を提出することになった時、男子たちが何やらザワザワし始めた。そのうちのバカな一人が、ふざけて裸婦のトルソーを作ってきたのだった。なんて下品な。私が本当の「エロさ」を見せてくれるわ!
 でも結局、私は先生に「忘れました」と言って、彫刻を提出しなかった。なんか、あの男子の下ネタと同じステージに立たせたくなかったし、やっぱりこれは自分だけのものにしておいた方がいい気がしたからだ。
 帰り道にある小さな神社(祠?)をこっそり開いて、私はそこに彫刻を納めた。


 その日から、月の夜になると獣の鳴き声が聞こえるようになった気がする。授業には、適当に彫ったネコの彫刻を提出した。