アリゲーター・グラディエーター

 アリゲーターもクロコダイルもワニの種類の名前だけど、どちらかといえばクロコダイルの方が獰猛らしい。とはいえアリゲーターが温厚かというとそんなことはなく、あくまで“相対的に”温厚という話で、実際には獰猛だ。

 なんでこんなことを知っているのかというと、私の地元では「ワニ祭り」というお祭りがあって、毎年5メートル級のアリゲーターと選ばれた村の男が戦うという風習があるからだ。

 文字通り命がけの戦いになる。村には半径2.5メートルほどの大きな穴(ワニ穴)が掘ってあり、祭りの前日に鉄格子でそれを2つに区切る。片方にワニを、片方に福男(村人の投票で選ばれた戦う男)が入る。ワニと福男は一晩向かい合って過ごす。ワニを適度に飢えさせるためと言う人もいるが、私はここでワニと福男の間に特別な絆ができるんだと思う。(しきたりでこの晩ワニ穴に近づくことは禁じられているので、本当のことは誰にもわからない。)

 祭りの当日になると、村中の人がワニ穴の周囲に集まり、ワニか福男か、どちらかのスペースに餅を投げ入れる。別に勝つ方を予想して入れるとか、そういうことではない。村人がそれぞれの考えでどちらかに餅を投げ入れる。母はいつも勝ちそうな方に入れると言っていたが、私は負けて死にそうな方に餞別の意味を込めて餅を入れている。(ワニ祭りの最後はどちらかの死によって決まる。)

 村人全員が餅を投げ入れたら、人間の膝のあたりまで水を入れる。そして、鐘が鳴らされ、鉄格子があがる。

 この年の福男もハリマさんだった。1996年に31歳で初めて福男に選ばれて、見事に勝利した。それ以降、村人の支持を得て毎年福男に選ばれている。ハリマさんはボンベ配送業の仕事をしていたが、ワニ祭りに入れ込みすぎて、自宅にワニ穴を再現したものを作り、日夜ワニの等身大模型と戦うようになり、リストラされた。

 鉄格子が上がった瞬間から、ハリマさんは動いた。鉄格子はゆっくり上がっていくので、高さの低いワニの方が、先に相手のスペースに入り込みやすい。この最初の一瞬で勝負がついてしまったことも少なくないらしい。ハリマさんはそんなヘマはしない。むしろ、ワニよりも先に動いて背後をとる。

 背後をとるのはワニと戦う時の定石だが、ワニは力も強く、皮膚も硬い。攻撃が通らない。結果顔のあたりを狙うことになる。そうすると、当然ワニのアゴにやられてしまうリスクが高まる。スリリングな展開は何度見ても慣れることがない。ワニ祭りは無言で見守るというしきたりなので、みんなジッとワニ穴を見つめているが、心の中ではハラハラしていることだろう。

 ワニの鋭い爪がハリマさんの腕を裂いた時、無言で行われるはずのワニ祭りに人の声が響いた。

 

「何をやっている! やめろ! やめろ!」

 

 県警だった。制服を着た警察は、村の人たちをワニ穴から引き離した。私もワニ穴から離れたところに連れていかれたので、詳しいことはわからないが、ワニ穴での戦いを止めようとして、ワニかハリマさんに何人かの警官がやられたらしい。

 警察もどう処理していいかわからなかったのか、特にこれといった処分はなかった。ただ、ワニ祭りは非人道的で危険だとして、次の年からワニの着ぐるみを着た人が福男と相撲をするイベントに変わった。ハリマさんもどこかへ行ってしまった。

 

 

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