虫である

 虫が来るんである。
 三階建てアパートに住んでいる。10月の終わり頃、その三階の廊下でセミが死んだ。もう10月だからセミとしては長生きなんだろうな、などと思いながら放置していた。他の住人も、その死骸に手を出さなかった。自分の部屋の外に関しては、みんな知らん顔なのだ。だから廊下はいつも汚い。古新聞や落ち葉や不在票などと一緒に、セミの死骸はあった。
 その、セミの死骸に、パタパタ虫が来るようになった。来るようになったというか、常に、まとわりついている。
 パタパタ虫というのは、小さいが食欲が旺盛だ。
 セミにまとわりついている間はよかった。しかし、パタパタ虫はすぐにセミの亡骸を食べ尽くし、その周りにあったゴミを食べ尽くし、今度は301号室を食べ始めた。最初はドアの端っこを食べていった。パタパタ虫は食べながら羽をこすり合わせ、じじー、ばばー、という音を鳴らした。
 私は303号室に帰るたびに、301号室のドアが小さくなっていくのを確認した。301号室がパタパタ虫に食べられて消滅するのに、長い時間はかからなかった。
 301号室の次は、302号室だった。どうやらパタパタ虫に見入られてしまったらしい。ここのアパートは平気平気と、つけこまれてしまったらしい。誰も追い払おうとせず、まあいいかという心もちでいるのを見透かされたのだろう。虫に軽く見られるなんて、と思いながらも、やはり私はまあいいかと思った。
 間も無く302号室も消滅した。いよいよ私も、まあいいか、ではいられなくなってしまった。次は私の住む303号室だ。
 私は全身をストロンチウム合金で覆い、右腕にレーザー銃を取り付けた。下半身はジェットエンジン搭載である。普通の生活を送るのに、多少の支障は出るが、サイボーグ化しなければ、パタパタ虫に対抗することはできないのだ。



 結局、私は毎日、朝家を出る時と夜寝る前にパタパタ虫と一戦交える。しかし、仕事に出ている日中はパタパタ虫の天下である。ドアも半分くらいの大きさになってしまった。しかも、右手をレーザー銃にしてしまったのでお箸を持つこともできない。
 処置なしである。