瞬き

 中学二年生の夏、恋をした。あの娘は抜け忍で、僕は童貞だった。
 僕はどちらかというとイケてないグループだったし、内気で臆病なシャイボーイだったから、いつも少し離れたところから眺めることしか出来なかった。あの娘は忍びの里を裏切った為に、いつも里からの追っ手に狙われてたから、僕は眺めるのも一苦労だった。
 声をかけることすら出来ないまま、想いだけが募っていった。僕は夜、ベットで眠りにつく前に彼女と2人きりになるところを妄想した。妄想の中では、すんなりあの娘に声をかける事ができた。一緒に下校するところを妄想した。一緒に外で食事するところを妄想した。初めて手を繋ぐところを妄想した。そしてキスをするところを……
 妄想はそこで途切れてしまった。僕にはあの娘のキスする時の顔が想像できなかったのだ。あの娘は四六時中追っ手から狙われていた。だから、瞬きをする時が隙となり、殺される可能性もあった。あの娘はその隙を無くすために、片方ずつ瞬きするクセが身についていた。僕はあの娘をずっと見ていたけど、あの娘が両目を瞑る瞬間は見た事がなかったのだ。
 妄想の中の僕とあの娘の関係は、キスよりも先に進むことなく終わった。僕は工業高校に進学し、あの娘は都内の私立高校に進んだ。


 それから10年が経った。僕は高校卒業後、横浜のラーメン屋で修行を積み、ついに独立することが出来た。試行錯誤を積み重ねて開発した、すき焼きラーメンが売りだ。
 オープン初日の11時頃、女性の客が入ってきた。あの娘だった。片方ずつ瞬きするところも、壁を背に座るところも、何も変わっていなかった。
 あの娘はすき焼きラーメンを注文した。僕がどんぶりを持って行くと、あの娘は割り箸を割って、手を合わせて、かすかな声で「いただきます」と言った。


 両目を瞑っていた。