虫歯の痛み

 坂口安吾はエッセイで、虫歯と性病は同じ種類の痛みだって言っていた。わたしは虫歯にも性病にもかかったことがないから全然共感できない。だいたい虫歯っていう名前が変だ。虫歯の原因は虫じゃないんだから。虫に対する深刻な風評被害だ。訴えられても知らないぞ。

 そんな風に考えてたのに、なってしまいました虫歯。歯が痛いなーと思って鏡で見てみたら、歯の根元から虫の脚みたいなのが飛び出していて、「なるほど!だから虫歯って言うのね。」と腑に落ちた。なんか日々その虫の脚みたいなのが増えていくし、こりゃさすがにマズいと思って歯医者さんに行くことにした。

 歯医者に行くので部活を休みますって言ったら部長から「虫歯くらいで部活を休むな」的なことをグチグチ言われた。うるせー。

 虫歯はすごく痛い。でもそのわりに軽く見られがちだ。わたしもこの間まで、虫歯の痛みに全く共感できなかったのに、今では全世界の虫歯リスト(虫歯になっちゃった人のこと)と励ましあいたいと思ってしまっている。ツラいぜ虫歯。

 とにもかくにもグチグチ言っている先輩のことは無視して(虫だけにね)歯医者に向かう。もう上の歯も下の歯も全体的に虫の脚が生えてきていて、ムカデみたいになっている。いまにも歯ぐきから飛び出して行ってしまいそうだ。すごく痛い。

 よく虫歯になった人が「虫歯が腫れちゃって」なんて言いながらマスクをしているのを見たけど、あれって腫れたとか関係なくて虫歯がどっかにいっちゃうのを防ぐ意味があったんじゃないの。

 歯医者さんに着くと、すぐにドリルとか変なノズルみたいなのがたくさん備え付けられているハイテクな椅子に座らさせられた。歯医者さんは鏡のくっついた棒をわたしの口の中につっこんでふむふむしたあと、「かなり進行しているね。さっそく治療しよう」と言った。

 すぐに麻酔を打たれ、口の中の感覚が消えた。「痛かったら手を挙げてくださいね」っていう定番のセリフを聞くことができてちょっと感動したけど、すでにもう痛い。でもたぶんこの場合の「痛かったら」は「(治療が)痛かったら」っていう意味なんだろうなって解釈して手は挙げなかった。この痛さは虫歯由来だ。

 手を挙げることのないまま治療は終了し、私の口の奥の方はメタリックな感じになって銀色に輝いていた。まだ虫の脚がバタバタ動いていたけれど、とりあえずどっかに行っちゃうことはなさそうだ。痛みも消えた。