地獄先生

「今が一番楽しい時だね!」って大人から言われる。毎日退屈だし、別に全然そんな実感ないけど、きっとあと何年かして、それで振り返ったとき「あの時はよかったなぁ」なんていう風に思うんだろう。ということは、その何年か後は今より退屈な生活が待ってるのか。なんてことも思わない。たぶん、ずっと同じなんだと思う。

 また退屈な一日が幕を開けた。行きたくないとも行きたいとも思わないけど、とりあえずって感じであたしは学校へ向かう。そしてとりあえずって感じで友だちと話して、とりあえずって感じで授業を受けたりして、とりあえずって感じでまた友だちとしゃべったりしながら、とりあえず家に帰るのだ。

「13番ちゃんおはよー」
「おはよー」
「世界史の宿題やったー?」
「やったー」

 「13番ちゃん」っていうのはあたしのこと。この学校では誰も自分のフルネームを使わない。たいていの場合出席番号で呼び合う。なんでそうなったかというと、この学校には悪魔がいるからだ。悪魔は数年前、突如校庭に現れた魔法陣を通って魔界からやってきた。そして何故かそのまま英語の先生としてこの学校にいる。悪魔に名前を知られることは、=魂を支配されることらしい。だから誰も悪魔先生の名前をしらないし、生徒も悪魔先生に名前を知られないように本名を隠すようになった。実際、過去に数名の生徒が悪魔先生に名前を知られて命を落としたらしい。

「ねぇねぇねぇ! 13番ちゃん聞いた?」
「なになにー?」
「30番ちゃんね、6番くんの名前教えてもらったらしいよ!」
「あのサッカー部の?」
「そうそう!」
「キャーッ!」
「キャーッ!」

 そういうわけで、この学校では、カップルがお互いの名前を教えあうのが、最高の愛情表現となっている。でも、あたしは知っているんだ。6番の名前は加藤純一。


 今日の5限は、悪魔先生の英語IIの授業だった。金曜日は悪魔先生の英語IIと英語リーディングの先生の英語リーディングと悪魔先生の選択英語って感じで3つも英語の授業があるから結構ハード。

「金融地区として知られるウォール街ですが、このウォールの意味、わかるか?24番」

 教室に笑いが起きた。24番くんは壁部のエースなのだ。壁部には心理種目と物理種目があって、24番くんはどちらの種目でも活躍できるマルチプレーヤーだ。つまり、実際に壁を作るのも、精神的な、いわゆる「心の壁」を作るのも上手いのだ。

「壁です」

 24番くんは涼しい顔でそう答えた。すごい。ここで照れたり、答えなかったりしたら、そこからまたコミュニケーションが発生してしまう。24番くんの返事には、ツッコミをいれる隙のようなものが一切なかった。さすがエース。
 「心の壁」を作るのは、思っているよりも簡単じゃない。壁というのは“隔てるもの”。どんなに近づいても相手の姿が見えない、それが本当の壁。毎年、壁部にはただ人付き合いが苦手なだけの新入生がくるみたいだけど、人と距離を置くのは壁とは無関係だ。誰とも心を通わせることなく過ごすのは本当にキツいみたいで、壁部を退部する者は後を絶たない。24番くんは、普通に人とも話すし、たぶんいい人だけど、どんなに近くにいてもずっと遠くにいるみたい。さすがエース。


 学校が終わり、部活に入ってないあたしは友だちとカラオケに行くことになった。

「ねぇ知ってる? 来年から新しい保健の先生がくるらしいよー」
「へぇー」
「でね、その人、エクソシストらしいよー」
「えっ? じゃあ悪Tヤバいじゃん」
「ねー」

 そっか。悪魔先生、英語教えるの上手かったから、残念だな。
 それにしても退屈。