狼少年なんか怖くない

 10歳になるまで、僕は言葉というものを持っていなかった。というのも、僕は(たぶん)生まれてすぐに両親に捨てられ、狼に育てられた狼少年だからだ(実はこれは嘘。僕を育てたのはちょめそという動物なんだけど、ちょっとカッコ悪いから狼に育てられたことにしているんだ。ごめん、お母さん)。10歳(くらいの年)の時に発見され、保護された僕は(迷惑な話だよね。僕は一人前のちょめそとして立派にやっていたのに)(一匹前か)研究所で人間として生活するために必要なことを教えられた。
 人間の生活はびっくりすることばかりだった。食事をするために色んな道具を使うし(ちょめそは口と前足だけ)、寝る場所もおしっこする場所も遊ぶ場所も決まってる(ちょめそは好きな場所を自分で決めていい)。でも一番びっくりしたのが、言葉。博士は最初に僕に50音を教えた。多い(ちょめそは「グー」と「グル」だけ)。そしてその50個の組み合わせが無限の意味を作るのだ。
 英語で文法を意味するグラマーは、魅力的な女の人を指すグラマーと同じ語源らしい。その気持ち、よくわかるな。僕はすぐにこの言葉っていうものに夢中になった。「あいうえお」は上から順番に二文字ずつ読んでいくと「愛」「言う」「上」「えお」になる。つまり「天上にいるえおさんが『I love you.』と言う」という意味だ。えおさんなる人物が誰だかはわからないが、もしかしたらキャプテンEOかもしれない。
 言葉に魅了された僕は、出版社に就職した。いつかちょめそ語の辞書を作って兄弟たちにも言葉を教えてやるのだ。
 しかし、今やっている仕事は非常につまらない。僕は部長の指示で「名言集」を作っている。部長いわく「売れ線」らしい。古今東西の有名人が言った言葉をまとめた本なんだけど、こんな本誰が喜ぶんだろう。
 名言っていうのは、その人が名言を口にするまでの過程が素晴らしいのであって、言葉自体は平凡なものだと思う。例えば、OLの板垣サチコさん(23)が、ケーキバイキング(おかわり自由)で食べすぎて、ちょっとお腹が苦しくなって「板垣死すとも自由は死せず」なんて言っても全然心に響かないでしょ。
 僕はまったくやる気が起きなくて、適当な有名人の名前の横に適当な言葉を書きこんで部長に提出した。


「グーグルくん(僕のこと)(ちょめその言葉で「聞けば答えてくれるもの」みたいな意味。つまり先生とか辞書とか検索エンジン)! これすごいよ! よくこんな豪華なメンツの名言を集められたね。バカ売れ間違いなし!」


 でも僕の嘘はすぐにバレた。
「どうしてくれるんだ! もう20万部も刷っちゃったよ! 責任を取れ!」
 こうして僕は責任を取るために有名人に僕の考えた名言を言わせる旅にでることになった(もちろん自費で)。
 多くの有名人は「この文章をちょっと読んでみてください」と言えば、訳もわからぬまま僕の創作名言を口にしてくれた。僕はそれをテープレコーダーで証拠として録音した。
 たまに面倒な人もいた。例えば「この花は世界で一つだけ」を歌っていた人気アイドルグループSOPPOのキヌタク。彼は僕の書いた「俺は1番になるために1番頑張った」という名言を見て「ムリムリ。だって俺『一等賞にならなくてもいいー♪ 元々特別な一点ものー♪』って歌ってるんだよ」と言った。
「でも、あの曲は七週間もランキング1位でしたよね」
「いいんだよ。時代が求めてるんだから。現代人は競争に疲れてるの。ナンバーワンになれるのは一人だけだろ? オンリーワンであることを認めて欲しいんだよ」
「それはそうなのかもしれませんけど、これ言ってもらわないと困るんです」
「ムリなものはムリ。ファンは裏切れない」
 僕はキヌタクを説得するのを諦めた。代わりに隣の楽屋にいたSOPPOのリーダーナカライくんに「キヌタクが『俺は1番になるために1番頑張った』って言ってたよ」と言ってもらった。これでOK。前述の「板垣死すとも自由は死せず」だって本人が言ったわけじゃないみたいだし、名言なんてこんなもんだろ。
 こうして僕は多くの有名人の名言を集めた。残る大きな問題は、戦国武将やらCEOやらのすでにお亡くなりになっている方々だ。故人に名言を言わせるには、ハムナプトラに行って「死者の書」を手に入れるか、恐山に行ってイタコに口寄せを頼むかだ。
 僕はインターネットで見つけた1口寄せ一律5000円のイタコさんにお願いすることにした。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。では、まずはビードロズのジャン・レノンさんを呼び出してもらいたいのですが」
「わかりました。ホンジャラ〜モンジャラ〜ス〜ピンイフイラン〜ビリ〜ポ〜ピザル〜オンジマイ〜キェーィッ!!」
「あ、ジャン・レノンさんですか」
「Yes,そうだよ。ラブ&ピース!愛は地球を救う」
「日本語なんですね」
「僕は親日家だからね。嫁さんも日本人だし」
「そうでしたね」
 イタコさんは次々と故人を現世に呼び戻し(ほとんどの外国人が親日派だった。まさかソクラテスまで親日派だったとは)、僕の名言集は本物となった。
「他に呼び出したい人は? お客さん、いっぱい頼んでくれたからもう1人くらいサービスするよ」
「えっ」
 僕は悩んだ。
「実は僕、本当の両親に会ったことがないんです。もしかしたら死んでないかもしれないんだけど、僕を迎えにこないのは、もう死んじゃってるからなんじゃないかって思うんです。探してもらえますか」
「なるほど。そういうのは得意です」
「本当ですか? お願いします」
「キェーィッ!(だんだん呪文が簡略化されてた)……どちら様ですか」
「あ、あの、なんていうか、はじめまして」
「まさかあなたはあの時の赤ちゃん? こんなに大きくなって」
「じゃああなたは僕の本当のお母さん?」
「そうよ。実は私とあなたのお父さんは、それぞれ対立する2つの国のスパイだったの。だけど、2人は愛しあって、あなたが生まれた。ただ2つの国は私たちの関係を許してはくれなかった。秘密がもれることを恐れた2つの国はそれぞれ私たちに刺客を送ったの。なんとかあなただけは逃がせたものの私たちは……」
「そうだったんだね。お母さん」
「さみしい思いをさせてごめんなさい。でも私たちはあなたのことを愛しているわ」
「お母さん……」
「ごめんなさい。もう行かなくちゃ」
「お母さん。最後にお母さんの名前を教えて」
「え? お、お母さんの名前…… ハッ! もう行ってしまわれました。どうですか。お母さんとは話せましたか」
「ありがとうございました。おかげで謎が解けました」



 お母さんの名前は「えお」そして僕を愛してる。