あの娘かまいたち

 帰宅して、スーツを脱いで驚いた。お腹のところに切り傷ができている。ちょっと血が出てるかなってくらいの浅い傷だけど、結構長い。今日は一日スーツを着ていたし、こんなところに傷がつくはずはないんだけど。

 もしかして、誰かに呪われてるのかな。だとしたらマズいぞ。今回は浅い傷で済んだけど、だんだんエスカレートしていって、呪い殺されてしまうかもしれない。はやく犯人を見つけないと。

 古くから「人を呪わば穴二つ」と言われている。人を呪うときは、自分にもその呪いが返ってくると心得よ、そういう意味の言葉だ。ノーリスクで人を呪うことはできない。今回の傷が浅かったのは、初めての呪いで自分への返呪にビビっていたのかもしれない。

 そこで閃いた! 私を呪った犯人は、きっと同じ場所に似たような傷があるはず。それを探せばいいんだ!

 でも、お腹の傷を探すのは難しい。私は友人や同僚、後輩を片っ端から銭湯に誘った。断ったやつは犯人だ。意外にもみんな誘いに乗ってくれた。だけど腹に傷を持っているやつはいない。

 じゃあ先輩とか上司が犯人か? 私はガラにもなく社員旅行の幹事に立候補し、温泉旅行を敢行した。ずっと温泉で見張っていたが、それらしい人は見つからなかった。

 腹の傷はまだ治らない。やはり、呪いでできた傷なのだ。「強い想いを込められた傷は、その想いが晴れない限り消えることはない」とマンガで読んだでござる。まだ恨みは消えていない。

 めぼしい知り合いはもうチェックしつくしてしまった。ということは、犯人はもしかして、女性? 普段まったく女性に縁がないので、その線を考えていなかった。しかし、女性の腹を見る方法など…

 私は意を決して、稀代のプレイボーイとして生まれ変わった。犯人探しのために女性をたくさん口説き、夜を共にした。そうまでしても、犯人は見つからなかった。逆に、たくさんの女性に恨まれる結果になってしまった。

 結局、犯人探しは失敗に終わった。その過程で私は、たくさんの女性を傷つけてしまったので恨みを買ってしまい、今では全身に大小様々な呪いの傷ができてしまった。しかも、銭湯を気に入ってくれた男性の知り合いから、逆に銭湯へ誘われることが増えた。めちゃくちゃしみて痛い。私は切り傷に効く温泉に行くべく、再び社員旅行の幹事を買ってでた。

瞬間、心、揃えて

 小中高と地元の公立校に通っていたので、大学で上京した時は、世界が広がったように感じた。FFで飛空艇を手に入れた時のような、ポケモンで「なみのり」が出来るようになった時のような、そんな感じ。共感してくれる人も少なくないんじゃないか。

 大学には色んな地方から人が集まるから、地元の話が盛り上がる。ある時、関西出身のニシノが「仕舞っといて」という意味で「なおしといて」と言った。それを知らないヤマオカが「どこが壊れてるの?」と答えたら、周囲は大盛り上がり。「なおす」を知ってる勢と知らない勢が、お互いを「変なの〜」と言ってキャッキャしはじめた。

 定番の「今川焼きを何と呼ぶか」から始まって、「千葉の小学校では朝の出席確認の時に『はい元気です』と返事をする」といった地方独自の風習にいたるまで、それぞれがローカルあるあるを披露する流れになった。

 うちの地元では、号令が「起立・気をつけ・礼」ではなく、「起立・心をそろえて・礼」だった。なんなら「いただきます」や「ごちそうさまでした」の前にも「心をそろえて」をくっつけた。

 それを話したら、みんな口々に「変なの〜」と言った。もちろん、そういう流れだったので、別になんとも思わなかったが、ヤマオカの一言がどうにも心にひっかかった。

 

「本当に心、そろってたのかよ〜」

 

 確かに。今までそれを疑ったことはなかった。「心をそろえて、礼」の後には「おはようございます」「よろしくお願いします」「いただきます」と声をそろえて言っていたので、なんとなく心もそろっていたような気がしていた。

 でも、もしかしたら我々の心はバラバラだったのかもしれない。「心をそろえて」の時、姿勢を正して、無心になっていたけれども、同級生は、地球の裏側で起きている戦争を憂いていたり、火星の水のことを考えていたり、好きな子のことを考えていたりしたのかもしれない。そして、その全員がそれぞれ心がそろっている気がしていたのだとしたら?

 実は互いに何百光年も離れている星が、地球からは星座を作っているように見えるみたいに、我々の連帯感も「心そろえて」という言葉が作り出した幻影だったのかもしれない。

 地元から離れた東京で、そんなことに思い至った。悲しいような、ひとつ大人になったような、そんな気持ちになって黙っていたら、バカにされて傷ついているのだと勘違いしたヤマオカが「群馬では『起立・注目・礼』だぜ」と言った。一緒にするな。

外国人観光客は満員電車で喜ぶらしいですよ2

 毎朝満員電車に乗って通勤している。満員電車に乗るときのコツは自我を捨てることだ。自分が自分であるという意識を捨てて、モノのようになることだ。たまに電車内でケンカをはじめる愚か者がいるが、修行が足りん。自我を捨て去れば争いなど起きるはずはないからだ。あと、電車が遅れるから迷惑なのでやめてほしい。

 満員電車の中では、自分がどんな体勢になるかも選べない。いくつもの偶然が影響して、ひとつの形に落ち着く。そして駅から駅へ運ばれていくのだ。満員電車は禅の修行にも通じる無我の境地へと続く高い精神性がある。(禅の修行などしたことはないが)

 今朝も私は自我を消し去り、流れに身を任せた。いつもより多少は空いていたのだろうか、座席の前のスペースにたどり着いた。(空いているのであれば、車内中ほどまで進むのがルールだ)

 座席の前のスペースは、実は上級者向けだ。座席に座っている人は、無我の境地に達していない場合が多い。だから、うっかり足を踏んでしまったり、後ろから押された勢いで倒れ込んだりしてしまうとトラブルになりやすい。私はいつもより緊張感をもって、少し踏ん張りを効かせるような形で立った。

 私の目の前に座っているのは、50代前半くらいの男性。身につけているものから判断するに、裕福そうだ。眠っているようで表情はわからないが、眉間のあたりの雰囲気から、少々頑固そうな性格がうかがえる。

 その男性と接触しないように気を張りながら過ごしていたが、しばらくしたら男性は目を覚まし、急に立ち上がった。まだ次の駅に着くには少し早い。そういうわけで、私はつり革を掴んだまま少し後ろに下がり、その目の前に男性が立っているという状況になった。満員電車なので、お互い身動きがとれる範囲は非常に狭い。

 ここで私は大変なことに気がついた。もし、いま私がつり革を手放してしまうと、振り子の要領で輪っかの部分が男性の頭にガーンッと当たってしまう。かといって、離さないことには男性を通すスペースを空けることができない。

 電車はだんだんと速度を落としてきた。そろそろ次の駅に着く。私は男性の顔を見た。目は合わなかったが、男性が私のことを強く意識しているのは伝わった。男性はつり革に当たらずに降りたい。私はつり革を当てずに道をあけたい。

 2人の想いはひとつだ。そう確信して、私はつり革から手を離し、道をあけた。私の手から離れたつり革は、円軌道を描いて男性の頭にガーンッとぶつかった。男性は「チッ」と舌打ちして、乱暴に電車から降りていった。

日本へのホームステイ

 日本へのホームステイが決まった。ホームステイ先には、僕と同じくらいの年の女の子がいるらしい。ちょっと期待しちゃうね。

 検索したら普通にその子のSNSのアカウントが見つかった。これはこっそりチェックするしかないでしょ。

 アップされている画像を見る限り、結構かわいいんじゃないか? やったぜ! 加工されているので確証は持てないけどね。ちょっとギャルっぽい感じ。

 それより問題なのは、この子がホームステイしてくる外国人(つまり僕)にめちゃくちゃ期待していることだ。「今度うちに留学生くる。ジャスティンみたいだといいな」とか「ハイスクールミュージカルまぢ憧れ」とか「ステキな出会いにむけて英語なう」とか書いている。

 オイオイオイ。ちょっと待ってよ、僕ナード(わかりやすく言えばオタク。スクールカースト下位。三軍)だよ? この期待は重すぎる。絶対に応えられない。だいたい、ホームステイ先に日本を選んだのだって、NARUTOが好きだからだし……

 彼女は金髪碧眼が来るものと思っているらしい。僕は、たしかに瞳は青いけど、髪は暗い色だし酷いくせ毛だ。どうしよう……

 まぁ日本に行ってしまえば、こっちでの僕がどんなやつかなんてわからないし、思い切ってイメチェンしよう。どうせ言葉も大して通じないし、見た目だけでもジャスティンっぽくなったら、なんとかなるだろう。

 そう考えて、美容室に行って、思いっきりイケてる感じにしてもらった。けど、完成した姿は、どう見ても無理してるヒョロガリナードだった。絶望だ。内面が外見にまでにじみ出ているのだろうか。

 結局そのまま出発の日を迎えた。まぁ内面が外見ににじみ出ると言うのなら、内面を磨けばいいだけのこと。日本で禅や空手を学んでナイスガイになって帰ってくるぜ!

 

(結局、禅も空手もやらず、毎日アニメを観て、お土産にマンガを買い込んで帰ってきたのですが、例の女の子のSNSにのせられているアプリで加工された僕は案外イケてました。)

機動戦士ゲルマニウム

 自分はロボットです。わざわざそんなこと言わなくてもロボットだっていうのは一目瞭然な見た目をしてるんですけどね。角ばってるし、関節にはシリンダーがついてるし、あだ名は機動戦士だし。

 自分を買ったご主人様は、早くに奥さんを亡くした初老の紳士です。子どももいないので、色々と身の回りの世話をさせようと買ったそうです。しかし、問題があります。自分は、説明書なしの状態でメルカリに出品されていたので、どんな機能があるか自分でもわからないのです。

 ご主人様は温泉好きで、自分に温泉を掘り当てるように命令しました。ダウジング機能とドリルアームを使えば余裕なミッションなんですが、残念なことにそんな機能はついていないようです。

 日頃からよくしてくれるご主人様には、どうにか恩返しをしたいので、見栄を張って「かしこまりました」と言ってしまいました。今は途方に暮れています。

 かくなる上は、戦闘用ロボットとしての武器を使って、温泉宿の女将を恐喝し、温泉を乗っ取るしかない! しかし、自分には戦闘用の武器など備わっていないのでした。

 仕方なく自分は、その辺の砂場に寝転がってボディを砂まみれにして家に帰りました。「温泉を掘る作業は順調です。もう少し時間はかかりますが、楽しみにしていてください」そんなその場しのぎを言って、ごまかしました。

 自分自身の嘘に良心の呵責を感じて、せめてもの罪滅ぼしとして、ご主人様の背中流しをすると申し出ました。心優しいご主人様は「今日頑張ってくれたから、お前は随分と汚れてしまった。先に身体を流しなさい」とおっしゃいました。

 「滅相もない!」「いいからいいから」というやりとりを3往復くらいして、なんとご主人様よりも先にお風呂をいただくこととなりました。

 自分にとっては初めてのお風呂体験です。シャワーで汚れを丁寧に落とし、お湯につかると、こう溶けるような感じで、身体がどんどん軽くなっていきました。

 実際、自分の身体は溶けていました。ただ、自分が溶けたお湯はミネラル分を多く含み、神経痛・リウマチ・産前産後の冷え性・成人病に効くと評判です。

インド風サザエさん症候群

 「サザエさん症候群」っていう言葉がある。日曜日の夕方頃になると、休みの終わりと日常のはじまりを強烈に意識して鬱々となってしまう状態のことだ。まぁ気持ちはわからないでもないけれど、わたしは割と仕事にやりがいを感じているし、そこまで嫌いでもないので、幸いなことにサザエさん症候群にはなっていない。日曜日にはしっかり休んで、月曜に備えている。むしろ、問題なのは水曜日だ。

 わたしはカレーが好きだ。カレーを好きじゃない人なんていないだろうから、この自己紹介は「わたしは人間です」と言っていることとほぼ同義なわけだけど、わたしは毎日カレーを食べる程度にはカレーが好きだ。最早それは好きという気持ちを超越した信仰に近い感情だ。カレーを食べることに好きという感情はない。それは太陽が東から昇るように、コーラを飲めばげっぷが出るように当然のことなのだ。

 イチローは毎朝カレーを食べるらしい。もちろん、それはカレーが好きだという人類共通の感情がベースにあるのだろうけれど、やっぱり毎日となると、それは好きという気持ちを超越した崇高な何かだと思う。カレーはルーティンというわけだ(ルーだけに)。

 私の場合は、ランチにカレーを食べることを毎日の日課にしている。職場の近くにあるカレー屋「カーマ」のカレーは最高で、ランチはここと決めている。問題は定休日の水曜日だ。仕方がないので、水曜日はコンビニで買ったカレーや、自分で作ったカレー、有名チェーンのカレーを食べるのだが、「カーマ」のカレーと比べるとどうも物足りない。なんだか元気が出ない。それで水曜日は憂鬱だ。

 最近では、水曜日がやってくるのが本当にイヤでイヤで仕方なくなってきて、火曜日の夕方頃には既に憂鬱な気分だ。これも一種のサザエさん症候群だろうか。そういえば、昔は火曜日にもサザエさんが放送していたなぁ。ハァ……

わたしのバイブル

 意外なことに、女子は少年マンガをそんなに読まない。もちろん少年マンガが好きな女子は少なくないけど、少年マンガを一切読まないという女子も結構いる。

 わたしは、お兄ちゃんがいたから、少年漫画を借りてよく読んだし、お兄ちゃんもわたしの少女マンガをよく読んでいた。

 最近は少年とか少女とかでマンガを分類すること自体、なんだか時代遅れっていう気もするけど、まぁとにかくお兄ちゃんのおかげで読むマンガの幅が広がったのは事実だと思う。

 お兄ちゃんから借りたマンガで、わたしが1番感動したマンガは『天-天和通りの快男児』だ。この『天』は、簡潔に言えば麻雀マンガなのだが、わたしはこのマンガに出てくるアカギというキャラクターに心を奪われた。

 アカギの魅力について完璧に説明しきる自信がないので簡単に説明すると、アカギは麻雀がめっちゃ強いおじさんだ。『天』では、麻雀がめっちゃ強いおじさんとして登場して、最終的にはみんなに愛されながらも安楽死した。もちろん、これでは全然アカギの魅力を伝えきれていないので、未読のみなさんには是非『天』を読んでもらいたい。

 わたしだけでなく、アカギに心奪われた人は大勢いたのであろう。アカギは『天』から飛び出して『アカギ』というスピンオフを獲得した。アカギの青年時代の物語だ。最高。

 わたしはアカギにめちゃくちゃ影響を受けた。アカギのセリフのひとつひとつが、わたしの人生観をつくった。特にアカギが弾の入った拳銃を咥えて言った「狂気の沙汰ほど面白い…!」というセリフはわたしの人生を変えた。(ちなみにこの時アカギは中学生)

 わたしは、この「狂気の沙汰ほど面白い…!」を座右の銘として、人生の様々な局面を乗り切ってきた。大学受験でもすべり止めを用意せずに受けたし、周りの人みんなが「やめときなよ」という先輩と付き合ったし、スーツを買わずに就活をした。

 その結果、まぁそこそこ楽しく人生を過ごしているので、アカギにお礼を言いたいんですけれども、どこに行けばいいですかね?(アカギのお墓は、縁起がいいとしてギャンブラーが欠片を持っていくらしいので、なんかボロボロになっているそうです。見つけたら教えてください)

 

天?天和通りの快男児 1

天?天和通りの快男児 1