箱人間

 多くの人々は「おふくろさん」から出てきた袋人間だ。だけど俺は違う。俺は段ボール箱の中にいるところを教会の前で発見された箱人間だ。
 育ててくれた神父さんやシスターには感謝してる。俺の家族は間違いなくこの人たちだ(文字通り父と姉だ)。でも、どうしても自分の「おはこさん」に会ってみたいという気持ちを抑えられなかった。だから俺は、自分が入っていた段ボール箱を探すために教会から出て暮らすことを選んだ。
 俺には箱人間ならではの才能がある。箱を見ただけでその中身を見抜く能力だ。残念ながら箱以外の物の中身はわからないので、例えば袋の中に箱が入っていたとしてもわからない。逆に箱の中に袋が入っているのならわかるのだが……
 その才能を生かして俺は「箱の中身はなんじゃろなゲーム」のプロになった。「箱の中身はなんじゃろなゲーム」とは、箱に空いている穴に手をつっこみ、触覚だけで中身を当てるゲームだ。当然俺は手を使わなくても中身がわかるわけなんだけど、そこはプロの腕の見せ所。「ぎゃっ!なんだこれ、ヌメヌメしてる」とか「あー、これはエジプトあたりで触ったことありますねー」とか、触ったあと手の臭いを嗅いで「うわぁっ!くさいっ!」なんて言ってみたりして観客を盛り上げる。「箱の中身はなんじゃろなゲーム」はエンターテイメントショーなのだ。
 俺は旅をしながら色んな場所で「箱の中身はなんじゃろなゲーム」を披露して金を稼いだ。そこで同じように各地を巡りながらステージに立っているコメディアンやミュージシャン、マジシャンたちと知り合い、俺の「おはこさん」の情報を集めたが、有力な手掛かりはつかめなかった。
 京都に行った時、海岸を歩いていると子どもが亀をイジメていた。俺が亀を助けてやると、亀はお礼にと言って、海中にある城へ連れて行ってくれた。俺はそこで美味しい料理と綺麗な魚たちのショーを楽しんだ。しかし、海の中に「おはこさん」がいないことがわかったので、地上に帰らせてもらうことにした。
 帰り際にそこのお姫さまから箱をもらったが、俺には中身が老化ガスであることがすぐにわかったので、途中で捨てた。あの人は一体何を企んでいたのだろう。おそろしいことだ。みんなも亀を助けたら気をつけた方がいい。
 それからギリシャに行った時はこんな夢を見た。エピメテウスという男とパンドラとかいう美女が箱をあけるかあけないかで迷っている。俺はその中身がありとあらゆる災いだとわかったので「あけない方がいいですよ」と伝えた。俺はその結果、人類を救ったような気がしたんだけど、現実を見る限り、残念ながらただの夢だったようだ(あるいは俺の日本語が彼らに通じていなかったのかも)。


 そんな風に世界中を探したが「おはこさん」は見つからなかった。もしかして、俺の「おはこさん」はもう……
 俺は自分のそんなネガティブな考えを振り払おうと箱根に向かった。ゆっくり温泉にでもつかって一度休もう。そう考えたのであった。
 箱根湯本駅の改札を出ると、コインロッカーが目に入った。そのうちのひとつから、なんとも言えない“懐かしさ”のようなものを感じた。気になって、(鍵は掛かっていなかった)そのロッカーをあけると、中には段ボール箱が入っていた。
「もしかして……」
 しかし、似ているが違った。中身はどうやらタオルのようだった。誰かが捨てたのだろうか。
「期待させやがって……」
 乱暴にロッカーを閉じた。その瞬間、俺の第六感に何かが訴えかけてきた。箱の中身はタオルだけではなかったのか。俺は再びロッカーをあけ、箱の中身を直接確認した。そこには、なんと赤ん坊がいた。俺と同じ、箱人間。


 その赤ん坊は警察病院に連れて行かれたが、結局親は名乗り出なかった。俺は、旅を止め、生まれ育った教会に戻り、その赤ん坊を育てることにした。


 その赤ん坊が先日、成人した。俺の大切な“箱入り娘”だ。