とある助詞の同盟罷業

あのね、何かと何かをくっつけるのは、すごく大変な仕事なの。その「何か」が全然関係ない物であればあるほど、2つをくっつけるのは難しくなるのね。だけど、どんな物同士でもくっつけることができる物がひとつだけあるの、わかる?アロンアルファじゃないよ。いつも無意識に使ってるからなかなか気づけないのかも。アロンアルファは「ジェットコースター」と「愛」をくっつけることはできないでしょ?でもそれにならできる。そろそろ気づいたかな?私もさっきから何回もそれを使ってるよ。うん、正解、格助詞の「と」だよ。
「と」はずっと大変な仕事をこなしてきたの。それなのに誰も感謝したり労いの言葉をかけたりしなかった。だから「と」たちはストライキを起こしたの。
その時は本当に大変だったのよ。「と」が一斉にいなくなったから、あらゆる物がバラバラになりかけたの。人々は仕方なく「何か」と「何か」の間に、ちょうどその中間になりそうなもの挟んで異質なもの同士を繋ぎとめようとした。例えば、ドストエフスキーの名作「罪と罰」は「罪裁判罰」に、スタンダールの「赤と黒」は「赤紫黒」になったの。いま話したのは割と簡単に解決できた例だけど、中には難しいものもたくさんあった。平松愛理の代表曲「部屋とYシャツと私」は「部屋ハンガーYシャツ肌着私」とかなり苦しいものになっちゃったし、金子みすずの詩「わたしと小鳥と鈴と」は「わたし犬小鳥うぐいす笛鈴」という風に登場人物が増えちゃった。
もっと困ったのは、全然関係ない「と」までもストライキに便乗してしまったこと。「トマト」は「マ」っていう風になんかマヌケな感じになっちゃったし(実際にはマだけ抜けなかった訳だけど)、お菓子の「おっとっと」も「おっっ」になっちゃったの。困った森永製菓は代わりに「え」を雇ったんだけど、そのせいで「おっえっえ」という食品の名前にはふさわしくない響きの商品ができちゃった。
とにかく日本中が大混乱しちゃって、みんな初めて「と」の大切さを思い知ったの。反省した人々は、「と」たちの要求を受け入れることにした。それは、これからも「と」の大切さを忘れないこと。
この事件の教訓は、自分でも気づかないうちに誰かを怒らせてることがあるということ。それと、大切なものは失って初めて気づくってことだよ。

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仕事から帰ると、妻はそんな話をした。そういえば、一緒にいるのが当たり前になってきて、最近妻の大切さを忘れていたかもしれない。次の連休は久しぶりに2人で旅行でもしようか。俺「と」妻がくっついていられるように。