大人のくすり

「私、雨の匂いって好きだな」
 雨降りの校舎。傘を忘れた僕に彼女はそう言った。僕はその言葉を聞いて、どうもムズムズして、耐えきれず外に飛び出した。びっちゃびちゃに濡れて帰ったから、親にめっちゃめちゃ叱られた。
 真顔であんなセリフを吐けるなんて信じられない。雨の匂いなんてカビ臭いだけだ。でも彼女は他人と一味違った感性をアピールしたかったワケでも、気が狂ってたワケでもない。心からあのセリフを吐いたんだ。むしろおかしいのは僕かもしれない。
 僕は「おとなの薬」を飲まなかった。小学校6年生の時、男子だけ集められて「おとなの薬」を配られた。それは白い錠剤で、生徒一人一人が飲むところを先生がジッと見ていた。僕はちょっとしたイタズラの気持ちでフリスクを飲んで誤魔化した。だけどそのまま薬をなくしちゃって今に至る。
 あれから段々みんなは変わっていった。放課後に家でゲームすることも減った。代わりに服に気を遣ったり、女子の話をすることが増えた。タクヤはこの前告白したらしい。「ユリ、俺と付き合わない?」だって。ゲロゲロ。どうしてそんな恥ずかしいことが言えちゃうんだろう。そういうのはドラマとか少女漫画の中だけのものだ。でも本当は、そういうことを言う方が普通なんだ。僕は薬を飲まなかったから。
 きっと僕は死ぬまで一人ぼっちだろう。星空や夜景を眺めてうっとりしたり、愛の言葉をささやくなんて、僕にはできない。僕は死ぬまで「うんこ」とか「ちんちん」とか言って笑い転げるんだ!