確定申告ユーモア

 拙者は浪人。あてのない旅の剣客でござるよ。ということはもちろんない。大学受験がうまくいかず、行くところがなかったので仕方なく浪人生となった。

 1年間、高校生以上大学生未満の身分で、始終ふわふわした気持ちでいた。谷間に生きる者、それが浪人だ。

 2回目のセンター試験は初回とは比べものにならないほどのプレッシャーだった。もしここで失敗したら、どうなってしまうのか想像もできなかった。長い間ふわふわした気持ちで過ごしていたら、自分の存在自体がふわふわしてきてしまうんじゃないか。そういう実存的な不安と恐怖があった。

 私立大学の一般入試もひと段落した2月半ば、街には「確定申告は正しくお早めに!」という横断幕やポスターが登場した。確定申告!?

 確定申告っていうのが何かはよく知らない。ただ、難しいということだけは聞いたことがある。それは微分積分有機化学よりも難しいんだろうか。

 確定申告っていうくらいだから、きっと確定したものを申告するんだろう。合格発表待ちの浪人生に確定したものなんかあるわけないだろ。ふざけやがって。

 ポスターには「やるぞ!確定申告」という文句とともに目鼻立ちのくっきりした女の人が手を挙げている。これが確定申告をした確定人間の顔か。どうりでくっきりとしていやがる。

 それに比べて俺の顔は、鏡で見てもぼんやりしている。これが未確定人間(あるいは不確定人間)の顔だ。俺も確定申告をすれば確定人間になれるだろうか。

 確定申告は簡単だ。「ナントカ大学のナントカ学部に進学します。」これだけで終わり。その瞬間から俺は確定人間として、確かな輪郭を与えられる。

 でも、本当にそれでいいのか。未来は無限大なんじゃないのか。俺という存在を確定してしまって後悔はないのか。そう考えると、やっぱり確定申告は難しい。

 だいたい、自分の確定を国に申告するという制度自体に疑問がある。俺は、たとえふわふわでもぼんやりでも、無限の可能性を持った自分でいたい。だから、確定申告はしないし、大学の合格発表も見ない。

 そう父親に宣言したら、思いっきりぶん殴られた。でも、確固とした実在を持っていない俺の身体を、ちゃんと確定申告をしているであろう父親の拳はすり抜けていった。その勢いで俺の身体は霧散し、あとには何も残らなかった。

三河安城駅を定刻どおり通過しました

 ここんとこ送別会が立て続けにあったから、体重が増えて財布が軽くなった。課の送別会、部の送別会、係の送別会、さらに女子会で計4回ミサキちゃんを送り出したが、ミサキちゃんはまだいる。

 うちの会社がブラックなのか、それともキャリアアップを伴う転職が一般的になってきたのか、とにかく人の出入りが激しくて、顔を覚える前に辞めてしまう後輩も多い。

 こんなに目まぐるしく周りの人が入れ替わるなんて、昔は考えもしなかった。小学校の頃なんか、転校生が来るとそれはもう大騒ぎだった。他クラスはもちろん他学年からも転校生を一目見ようとやってくるような有様だった。

 何年生の時だったかは忘れたけど、フジイくんも転校生だった。当時は気にもしなかったけど、転校生ってきっと不安なんだろうな。周りは人間関係が出来ているのに、自分だけはアウェーというか異物感というか、きっと心細いだろう。

 フジイくんは「愛知から来ました」と自己紹介した。みんな、愛知の場所がピンときていなかった。そんな中、お調子者の男子が言った。「あ、名古屋県!」

 その時、フジイくんはピシャッと「一緒にしんで!」と言った。わたしは「あ、やっちゃったな」と思った。みんな転校生を値踏みしている。そんな雰囲気の中で、こんな風にケンカ腰になってしまったら反感を買うだけだ。

 案の定、男子たちは「誰がお前と一緒に死ぬかよ」などと言って、フジイくんをからかい始めた。文脈から言って「一緒にしないで」って意味だってことがわかんないのかな。男子はバカだからわかんないか。

 大人になってから、愛知には尾張三河という2つの派閥があることを知った。名古屋は尾張サイドらしいから、フジイくんはきっと三河の方からやってきたんだろう。そんなこと、愛知から遠く離れた田舎の小学生には知ったこっちゃなかった。

 それからフジイくんはやっぱり周りと馴染めていないようだった。まぁフジイくんはオタクっぽくて暗い印象だったし、ドンくさいうえに成績も中の下くらいだったから、この件がなくてもそうなってたかもしれないけど。

 いつかのバレンタインデーに、クラスの女子全員でクラスの男子全員に手作りのお菓子をあげることになった時(この行事は、抜けがけを監視すると同時に、シャイな子も大勢に混ざることで参加することができるという高度に政治的な取り組みなのです)、誰も候補がいなかったので、わたしがフジイくんに手渡すことになった。

 フジイくんは、お礼にと言って、電車の車内アナウンスをフルコーラスでやってくれた。「そういうところだぞ」と注意してやりたかったけど、フジイくんが満足そうだったので黙って聞いていた。

三河安城駅を定刻どおり通過しました」

 三河安城駅がどんなところなのかはわからない。でも、いつもひとりぼっちで暗い顔をしているフジイくんにとって、そこが彼の本当の居場所なんだろう。フジイくんは、将来愛知に戻って電車の運転手になると話してくれた。

 私立の中学に行ったんだったかなんだか忘れたけど、フジイくんはいつのまにかいなくなっていた。わたしは大人になったけど、未だに名古屋には行ったことがない。いや、ごめん。愛知だった。

観覧車怖すぎる

 タナトスがありあまる。だからホラー映画が好きだし、辛いもの好きだし、鼻にもピアスをあけた。遊園地に行けば、当然絶叫系のアトラクションに乗りまくる。

 でも最近気づいたんだけど、遊園地でいちばん怖いアトラクションって、もしかして観覧車なんじゃないかな。

 まず、身体を固定する安全バーの類のものがない。すごく心もとない。それから、ジェットコースターよりも最高到達地点が高い場合が多い。位置エネルギーの恐怖。

 唯一の欠点はスピードが遅いことなんだけど、発想を変えれば、これはむしろ遅い方が怖いとも言えるんじゃないか。たとえば、ホッケーマスクを被った殺人鬼がやってきて、ゆっくりゆっくり追い詰めてくるのと、超スピードで襲ってくるのならどっちが怖い? 超スピード? ごめん、例えが悪かった。

 ジェットコースターに乗っている時に、1番ドキドキするのは、やっぱり最初の上り坂だと思う。観覧車はそのドキドキする時間をより長く味わわせてくれる。やっぱり最恐アトラクションだ。

 小さい頃、犬が怖かった。特にダックスフンドが怖かった。ダックスフンドがあのようなコミカルな体型をしているのは、アナグマ狩りように品種改良されたからだと聞いて戦慄した。

 人間は、自分たちの都合で1つの生命の形をデザインしたのだ。神をも恐れぬ所業。人間の利己的で傲慢な行いに震えるほど恐怖を覚えた。

 実は、観覧車にも同じような、人間存在の恐ろしさが隠れている。観覧車の起源は19世紀の終わりにシカゴで開催された万国博覧会にある。

 「見る」という行為は、ある意味で暴力的だ。そこには見る側と見られる側という序列が生まれる。古代にも「国見」という、支配者が高いところから自分の土地を望み見て、その所有を確認する儀式があったそうだ。

 つまり、観覧車に乗るということは、その会場を擬似的に支配することであり、俯瞰する視線を獲得することは、天から我々を見ている神に代わることと言えるのだ。観覧車はそういう人間の欲望の象徴だ。やっぱ観覧車怖すぎる。

感動の感度が3000倍になった

 「歳をとると涙もろくなる」っていうけど、本当かな。本当だったらいいな。

 中学の卒業式の時、同じグループだった子たちがみんな泣いているなか、あたしは泣いていなかった。みんなと離れ離れになることは悲しいと思うんだけど、この日を境に環境が大きく変わるってことが、なんとなくピンとこなかった。

 みんなから「なんで泣かないの?」的なことを言われたが、うまく答えられなかった。その日以来、その子たちとは会っていない。

 辞書によれば、あたしたちくらいの年頃の女子を「箸が転んでもおかしい年頃」というらしい。なんでもないようなことでも面白くなっちゃう年頃って意味だ。

 たしかに、あたしの周りの子たちはみんな楽しそうだ。かっこいい男の子の話とか、恋バナとか、スマホで写真撮ったりとか、なんでもかんでも楽しそうにしている。でも、あたしはやっぱりピンとこない。ピンとこないけど、それがバレるとなんとなくヤバいような気がして、楽しげな雰囲気を出して過ごしている。

 また卒業式がやってきた。たぶん、みんなはまた泣くだろう。あたしは泣けるだろうか。「歳をとると涙もろくなる」って言葉を信じるなら、前回の卒業式から3年の時が経って、あたしは3年分涙もろくなっているはずだ。でも正直自信がない。

 卒業式の予行も近くなり、また泣けないんじゃないかと不安になったあたしはドラッグストアに行った。感動の感度を6倍にする薬を買うためだ。こんなのを飲むのは初めてのことだったけど、予行の時に飲んでみた。

 最高の気分だった。まず、看板が面白い。「祝 卒業式」って書いてある。祝だけ赤字だ。めでたい文字なのに、赤字って、ウケる。みんなで同時に立ったり座ったりするのもウケる。校歌の出だしが揃わなくてウケる。歌詞も、近くの山とか川とか讃えててウケる。みんなもウケてて、式典らしい厳粛さとか全然ない。ウケる。そんなウチらを見て、教頭がキレた。ウザい。ウザいけど、「キミたち!」と言いたくて「キミたぴ!」って噛んだ。ウケる。みんなウケすぎて、会場が割れるかと思うくらい震えて、震えたこと自体にまたウケて、それで体育館が割れた。ウケる。

 その後の調査でわかったんだけど、卒業生約500人のほとんどが、感動の感度を倍増させる薬を服用していたそうだ。だから、あたしたちの卒業式は全国でも初めてのドーピング検査が行われる卒業式となった。入場前に検尿をすることになって、紙コップにおしっこを注いでる時、なんかわかんないけど、シュールでウケた。

ブックオフ円環構造

 じいちゃんが死んだ。じいちゃんはすごい読書家だった。以前から自分が死んだら、本棚は俺に譲りたいと言っていたらしく、じいちゃんの本棚は俺のものになった。

 じいちゃんの本棚はでっかかったけど、本はこれに入るだけってばあちゃんと約束していたらしい。だから、この本棚にはじいちゃんが厳選した良書だけが並んでいる。

 俺はその本を全部ブックオフに売った。そこそこの額になった。

 「悪銭身につかず」って言葉があるけど、そのお金はすぐになくなった。冷静になって考えると俺はすごく酷いことをしてしまったんじゃないだろうか。正直、後悔してる。

 じいちゃんの本は全部ブックオフの中にある。本棚を見れば、その人の頭の中がわかるっていう話を聞いて「いけすかねぇ〜〜」と思ってたけど、今はじいちゃんの頭がすっぽりブックオフの中に収まっているようなイメージが俺の中に浮かんでいる。本当は俺が受け継ぐはずだったのに。

 もし、俺が売った本を誰かが買ったら、それはじいちゃんの一部が誰かに買われたということだ。そうやってじいちゃんはいくつかの断片になってブックオフを旅立って行く。じいちゃんの本を読んだ人は、一部分じいちゃんと化す。こうやってじいちゃんは拡散、増殖していくんだ。

 そして、その中の一人が新しく本を書く。その本は何%かじいちゃんで出来ている。その本がまたブックオフに売られたら、じいちゃんがブックオフに帰還したも同然だ。こうやって、じいちゃんはブックオフを媒体とした円環構造の中に取り込まれて永遠の存在となる。

 今日も俺はじいちゃんに会いにブックオフへ行く。

古時計が聞けない

 履歴書の長所欄にいけしゃあしゃあと「責任感が強い」と書いてしまう僕ですが、バイトをバックれて辞めたことがあります。でも、それもこの責任感の強さ故なんです。ここに懺悔します。

 18の時に静岡から上京して西東京の大学へ通いはじめた僕は、オシャレな生活に憧れて、とにかく気合いがみなぎっていました。いま考えると、もう少し肩の力を抜けよって感じなのですが、当時は必死でした。

 バイト先はカフェでないとと決めていました。しかも、スタバとかドトールではダメです。個人経営の、できれば夜はバーとして営業しているところを探しました。何軒かアタックして、日本茶中国茶のカフェで働くことになりました。(いま思うと、静岡出身だから採用されたのか?)

 そのお店は、普通のマンションの中にあり、そういう隠れ家チックなところも気に入りましたし、内装もアンティーク調でオシャレでした。店内には古時計(「こどけい」と呼ぶのがマニア的には正しいらしい)がたくさんあって、3の倍数の時間になると一斉に鳴るというワクワクするような演出もありました。(すぐに飽きましたが)

 バイトをはじめてしばらくした時、近くの高校の制服を着た女の子が店に来ました。見るからに文学少女といった趣です。(といっても、これは悪い意味。根暗そうで、本を読むということで周囲との差異化を図っているような感じ。)その子は店に入るなり「素敵なお店」とつぶやきました。ジブリ映画『耳をすませば』的世界観に浸っているご様子。

 とはいえ、僕も僕でそういう世界観で生きていたので、調子に乗って話しかけたりしました。その女の子から「喫茶店にいる落ち着いた雰囲気のお兄さん」という風に見られるのが嬉しくてたまらなかったのです。その女の子はそれなりの頻度でうちの店にやってきたので、すぐに顔見知りと言っても差し支えないくらいの関係になりました。

 ある日、女の子が恥ずかしそうに紙の束を差し出してきました。一瞬、ラブレターかなとも思いましたが、それはその子の書いたオリジナルの小説でした。まんま『耳をすませば』的展開。「感想を聞くまで帰りません」と言われそうな雰囲気でしたが、「仕事中に読むわけにはいかないから、明日までに読んでおくね。」と返事しました。

 帰ってから、その小説に目を通すと、タイトルは『天使と猫の古時計』でした。

 それを見た瞬間、猛烈な恥ずかしさが僕を襲いました。その小説に対してではありません。それまで僕が生きていた世界観すべてが猛烈に恥ずかしくなったのです。

 僕は、お店に行って、あの女の子に「あなたの切り出したばかりの原石を、しっかり見せてもらいました。よくがんばりましたね。あなたはステキです。」的なことを言わなければなりません。でも、どうしても恥ずかしくなっちゃって、それができないのです。あんなに気持ちよかった「喫茶店の素敵なお兄さん」役が、いまはもう抹殺したいくらい恥ずかしいのです。

 こうして、僕はバイトをバックれました。今でも古時計の音が聞こえると、恥ずかしくて「ああああああぁぁぁ」と叫びたくなります。もう二度と古時計は聞けません。あの小説は今でも読まずにとってあります。心当たりの方はご連絡ください。

日本になりたかった

 「大人になったら何になる?」っていうミホ先生の質問に、「ケーキ屋さん」「サッカー選手」「お姫さま」「プリキュア」とみんなが答える中、マサシは「恐竜」と答えた。他のみんなとは違う断固たる口調だった。正直言って、その迫力に僕は圧倒された。ミホ先生は、それを聞いて「すごーい。大きいもんね」と言った。冷静に考えるとよくわからないコメントだ。大きいからなんだっていうんだ。

 でも、ミホ先生に恋心以前の淡い思慕を抱いていた僕は、褒められたマサシに嫉妬した。そして、もっと大きなものを言ってやろうと思った。そして、「僕は日本になる」と言った。当時の僕が知っている1番大きなものが日本だったのだ。ミホ先生も流石にコメントに困って、目を丸くしていた。

 あれから十数年が経った。20歳になった僕たちは、それぞれ夢を叶えた。ケーキ屋さんになった子もいれば、サッカー選手になった子もいる。もちろんお姫さまやプリキュアになった子もいるし、マサシは恐竜になった。スピノサウルスだ。

 技術革新に伴う生産性の向上によって、人は労働から解放された。その結果、人は労働によって社会的アイデンティティを持つことができなくなった。そのことを危惧した政府(といっても実態は高性能AIだが)は、すべての人の夢を叶えることにした。

 しかし、将来の夢っていうのはころころ変わる。大人になるにつれて夢は現実的で打算的なものになっていく。そういうところからはイノベーションが生まれないだろうという判断で、幼稚園で答えたピュアな夢を20歳になったら叶えるという制度が誕生した。

 発達した科学の力で、たいがいの夢は叶えられる。マサシも遺伝工学の力で見事な恐竜になった。ただ、「日本になる」という夢は現代の科学をもってしても叶えることが難しい。なぜなら、定義があいまいだからだ。もし、これが「日本列島になる」という夢だったら叶えることもできたかもしれない。だが、国土だけが「日本」ではない。国民も必要だろうし、制度的なものもそうだし、あるいは文化をも内包するかもしれない。

 様々な識者(といっても実態は高性能AIだが)が協議を重ねたが結論はでず、僕の夢は保留という形で流されてしまった。

 「何をなさっている方なんですか?」といった類の質問をされたときの僕の心細い感じが理解できるだろうか。夢を叶えた人はみんな充実してそうだ。幼いころに憧れていた純度100%のキラキラした生活を送っている。マサシもスピノサウルスとしてこの世の春を謳歌している。でも、僕は、僕だけは何者でもない。僕は僕というだけである。