三河安城駅を定刻どおり通過しました

 ここんとこ送別会が立て続けにあったから、体重が増えて財布が軽くなった。課の送別会、部の送別会、係の送別会、さらに女子会で計4回ミサキちゃんを送り出したが、ミサキちゃんはまだいる。

 うちの会社がブラックなのか、それともキャリアアップを伴う転職が一般的になってきたのか、とにかく人の出入りが激しくて、顔を覚える前に辞めてしまう後輩も多い。

 こんなに目まぐるしく周りの人が入れ替わるなんて、昔は考えもしなかった。小学校の頃なんか、転校生が来るとそれはもう大騒ぎだった。他クラスはもちろん他学年からも転校生を一目見ようとやってくるような有様だった。

 何年生の時だったかは忘れたけど、フジイくんも転校生だった。当時は気にもしなかったけど、転校生ってきっと不安なんだろうな。周りは人間関係が出来ているのに、自分だけはアウェーというか異物感というか、きっと心細いだろう。

 フジイくんは「愛知から来ました」と自己紹介した。みんな、愛知の場所がピンときていなかった。そんな中、お調子者の男子が言った。「あ、名古屋県!」

 その時、フジイくんはピシャッと「一緒にしんで!」と言った。わたしは「あ、やっちゃったな」と思った。みんな転校生を値踏みしている。そんな雰囲気の中で、こんな風にケンカ腰になってしまったら反感を買うだけだ。

 案の定、男子たちは「誰がお前と一緒に死ぬかよ」などと言って、フジイくんをからかい始めた。文脈から言って「一緒にしないで」って意味だってことがわかんないのかな。男子はバカだからわかんないか。

 大人になってから、愛知には尾張三河という2つの派閥があることを知った。名古屋は尾張サイドらしいから、フジイくんはきっと三河の方からやってきたんだろう。そんなこと、愛知から遠く離れた田舎の小学生には知ったこっちゃなかった。

 それからフジイくんはやっぱり周りと馴染めていないようだった。まぁフジイくんはオタクっぽくて暗い印象だったし、ドンくさいうえに成績も中の下くらいだったから、この件がなくてもそうなってたかもしれないけど。

 いつかのバレンタインデーに、クラスの女子全員でクラスの男子全員に手作りのお菓子をあげることになった時(この行事は、抜けがけを監視すると同時に、シャイな子も大勢に混ざることで参加することができるという高度に政治的な取り組みなのです)、誰も候補がいなかったので、わたしがフジイくんに手渡すことになった。

 フジイくんは、お礼にと言って、電車の車内アナウンスをフルコーラスでやってくれた。「そういうところだぞ」と注意してやりたかったけど、フジイくんが満足そうだったので黙って聞いていた。

三河安城駅を定刻どおり通過しました」

 三河安城駅がどんなところなのかはわからない。でも、いつもひとりぼっちで暗い顔をしているフジイくんにとって、そこが彼の本当の居場所なんだろう。フジイくんは、将来愛知に戻って電車の運転手になると話してくれた。

 私立の中学に行ったんだったかなんだか忘れたけど、フジイくんはいつのまにかいなくなっていた。わたしは大人になったけど、未だに名古屋には行ったことがない。いや、ごめん。愛知だった。