感動の感度が3000倍になった

 「歳をとると涙もろくなる」っていうけど、本当かな。本当だったらいいな。

 中学の卒業式の時、同じグループだった子たちがみんな泣いているなか、あたしは泣いていなかった。みんなと離れ離れになることは悲しいと思うんだけど、この日を境に環境が大きく変わるってことが、なんとなくピンとこなかった。

 みんなから「なんで泣かないの?」的なことを言われたが、うまく答えられなかった。その日以来、その子たちとは会っていない。

 辞書によれば、あたしたちくらいの年頃の女子を「箸が転んでもおかしい年頃」というらしい。なんでもないようなことでも面白くなっちゃう年頃って意味だ。

 たしかに、あたしの周りの子たちはみんな楽しそうだ。かっこいい男の子の話とか、恋バナとか、スマホで写真撮ったりとか、なんでもかんでも楽しそうにしている。でも、あたしはやっぱりピンとこない。ピンとこないけど、それがバレるとなんとなくヤバいような気がして、楽しげな雰囲気を出して過ごしている。

 また卒業式がやってきた。たぶん、みんなはまた泣くだろう。あたしは泣けるだろうか。「歳をとると涙もろくなる」って言葉を信じるなら、前回の卒業式から3年の時が経って、あたしは3年分涙もろくなっているはずだ。でも正直自信がない。

 卒業式の予行も近くなり、また泣けないんじゃないかと不安になったあたしはドラッグストアに行った。感動の感度を6倍にする薬を買うためだ。こんなのを飲むのは初めてのことだったけど、予行の時に飲んでみた。

 最高の気分だった。まず、看板が面白い。「祝 卒業式」って書いてある。祝だけ赤字だ。めでたい文字なのに、赤字って、ウケる。みんなで同時に立ったり座ったりするのもウケる。校歌の出だしが揃わなくてウケる。歌詞も、近くの山とか川とか讃えててウケる。みんなもウケてて、式典らしい厳粛さとか全然ない。ウケる。そんなウチらを見て、教頭がキレた。ウザい。ウザいけど、「キミたち!」と言いたくて「キミたぴ!」って噛んだ。ウケる。みんなウケすぎて、会場が割れるかと思うくらい震えて、震えたこと自体にまたウケて、それで体育館が割れた。ウケる。

 その後の調査でわかったんだけど、卒業生約500人のほとんどが、感動の感度を倍増させる薬を服用していたそうだ。だから、あたしたちの卒業式は全国でも初めてのドーピング検査が行われる卒業式となった。入場前に検尿をすることになって、紙コップにおしっこを注いでる時、なんかわかんないけど、シュールでウケた。