う さ ぎ お い し か の や ま

 「ふるさと」といえば、一面の田んぼ、その先には山、茅葺屋根の家には縁側があって、僕はそこから夕日が沈むのを眺めているのが好きだった。そんな風景が思い浮かぶ。

 でも、実際には千葉の工業地帯生まれだし、アパートかマンションにしか住んだことがない。それでも「ふるさと」っていう文字列を見ると農村の風景が思い浮かぶんだから不思議なもんだ。

 きっと、千葉の工業地帯から出ないまま大人になり、地元の小さな会社に就職したので、いま住んでる場所とふるさとが未分化なのだ。だから、「ふるさと」という言葉を見ると、本当のふるさとではなく、テンプレ化したイメージのふるさとが浮かんでくるんだろう。詩人の室生犀星は「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と書いたけど、ふるさとがあまりに近すぎる。

 ああ、ふるさとを持つ人がうらやましい。私も、都会の喧騒に疲れた時に、ふと入った居酒屋でふるさとの味に出会って涙したい。ふるさとから遠く離れた場所で同郷の人と知り合って、地元あるあるで盛り上がったりしたい。

 もうふるさとを捏造しようかな。実は私はカリフォルニアの研究所で作られた人工生命体で、誕生してから政府の研究施設を転々としてきたから、「ふるさと」って言われても、試験管しか思いつかないや…

 どう? カッコよくない? キャラ作りのために、ふるさと納税NASAにします。

熊五郎の乱。俺の乱。

 日本人の実に98%が「俺の先祖は織田信長の部下だったんだぜ!」みたいな会話をしたことがあるらしい(諸説あり)。私も小学生の時にそういう話になって、周りのクラスメイトたちに先祖の華々しい話を聞かされた。当然、自分の先祖が気になって祖母に尋ねてみたら「そんなんしらん!」と妙に語気荒く言われ、それ以上深くは追及できなかった。

 最近ふとそんなことを思い出して、自分の先祖を調べてみた。家系図をたどると、私の先祖は「熊五郎の乱」の指導者、熊五郎だった。江戸時代、藩の過酷な取り立てに反逆した人物らしい(諸説あり)。熊五郎が起こしたこの一揆は、小規模ですぐに鎮圧され、その後にもあまり影響を与えなかったため、歴史に埋もれてしまっている。

 「島原の乱」の天草四郎なんかと比べると、カリスマ性が足りなかったのだろうか。かわいそうな熊五郎。きっと、祖母もこの熊五郎の微妙さゆえに、聞いた私ががっかりすることを心配して、あえて教えなかったのだろう(諸説あり)。

 でも、私は自分の先祖が熊五郎であることを知って、むしろ誇りに思った。熊五郎の遺志は、私が継ぐ!

 私は政府の過酷な取り立て(所得税)に反逆するため、旗を背負い竹やりを手に同志を集った。しかし、熊五郎譲りのカリスマ性のなさが災いし、仲間が集まる前に国家権力(警察)に捕まってしまった。

 身元引受人として来てくれた母が「こういうことになるから、おばあちゃんはあんたに熊五郎の話をせんかったんたい(諸説あり)」と言った。

グローバル・バーバル

 うちの会社には海外事業部があるので、部署異動の際に海外転勤の可能性があるんだけど、特別優秀でも、語学力があるわけでもないので、縁のない話だと思っていたら、来た。海外転勤がやって来た。

 「向こうじゃ英語ができないと話にならないぞ」とか上司が脅しをかけてくる。弊社では、海外転勤があるということもあって、英語研修制度が充実している(こうなるまで知らなかったが)。英語の検定試験で一定のスコアを達成できると、ボーナスがもらえるらしい。たいていは、自腹で英会話スクールに通い、あとでそのボーナスをもらって相殺するらしい。

 つまり、独学で検定をクリアすれば、ボーナス丸儲けってことだ。やるじゃん、弊社。

 そういえば、昔ウイイレ(サッカーのゲーム)好きな友だちが、好きが高じて色んな人とウイイレで対戦するようになって、知らないフィリピン人と仲良くなって、毎晩ウイイレしてたら英語がペラペラになってた。これだ!

 そもそも言語っていうのは「習うより慣れろ」なのだ。誰も母語を習ったりはしない。浪人してた時、予備校の先生が「私の授業に金を払うくらいなら、海外に行った方がマシ」とよく言っていた。

 「雨傘」を「あめがさ」と読まず「あまがさ」と読むのはなぜかを説明できないように、言語は理屈じゃなくて、身体性なんだ。

 私は住んでいた安アパートを引き払い、留学生が集まるシェアハウスに引っ越した。ここで英語漬けの生活を送り、英会話スクールに通わずして英語を身につけるのだ!

 私が住むことにしたシェアハウス「バーンホフ館」には、ルーマニア人のフロリン、韓国人のミョンウォル、イタリア人のマイネッティがいた。全員英語圏じゃない…

 結局私は、四ヵ国語が入り混じった「バーンホフ語」とでも言うべき独特の言語を身につけて、海外転勤に向かうことになりました。シンプルに怖いです。

やーい、おまえんち(いい意味で)お化け屋敷

 家賃が安いという理由で内覧に行ったら、なんとお化け屋敷だった。ボロボロでいわくつきの館だとかっていう比喩表現ではない。純度100%マジもんのお化け屋敷だ。経営が危ない遊園地が、敷地を少しづつ切り売りしているのだ。お化け屋敷を縮小して、その一部を居住区として売りに出したようだ。

 まぁ装飾が不気味だし、暗いけれど、逆に汚れが目立たなくていいかもしれない。お風呂はなしで、トイレや台所は共用だけど、家具付きで何より家賃が安い。私は即決で住むことにした。(不動産屋さんは自分で紹介しておいて意外そうな顔をしていた。)

 住んでみると、意外と悪くない。共用スペースの台所に飲み物を取りに行くと、遊園地の方のお客さんが通りかかったりして、ギャーっと叫びながら逃げていく。部屋で普通に過ごしていても、「ねぇ…なんか音がしない」とか話しているのが聞こえてきたりして、これが面白い。

 最初は普通に過ごしていたら、遊園地のお客さんが怖がるってだけだったが、だんだん自分から脅かしに行くようになっていった。「ぼおおおおおおう」と叫びながら部屋を飛び出したり、血のりのついた洗濯物を干したりした。

 そんな風にお化け屋敷ライフを楽しんで5年目のある日、なんだか外の騒がしさがいつもと違ったので、出てみてみると、大勢の人が何かに抗議の声を上げているようだった。

 詳しく聞くと、経営が危なくなった遊園地は、お化け屋敷だけじゃなく、色んなアトラクションを賃貸住宅として人に貸していた。そして、その住人たちに遊園地のアトラクションをそれとなく手伝わせて人件費を節約していたのだ。私の住んでいたお化け屋敷も、もうほとんどスタッフはいなかったらしい。私が趣味でお客さんを驚かせていたのが、アトラクションの一部として組み込まれていたというわけだ。

 私は、賢い経営戦略だと思ったけれども、世の中には利用されることを極端に嫌う人が一定数いるらしい。この話は社会問題になって、結局遊園地は閉園となってしまった。私は住む場所を失い、ごくごく普通の安アパート(といってもお化け屋敷よりは高い)に住むこととなった。

 こうして私の人生から“おもしろ”が1つ失われたわけなんだけど、お化け屋敷は住み心地が良かったから、今でもたまにその時のことを思い出して「ぼおおおおおおう」と叫びながらドアを開けてしまう。

眠れない夜、僕のせいだね

 夜、眠れないとき、布団の中でじっとしていると、どんどん感覚が鋭敏になってきて、普段は気にならないような建物のきしみとか、遠くの方の電車の音とかが聞こえてくる。そのうち、自分自身の呼吸が気になってきた。

 息を吸うときは「スーッ」という音と同時に「ピーッ」という音も混ざっている。これって普通なのかな。そんな風に考えて、ちょっと不安になる。そういえば、正しい呼吸の仕方を習った覚えがない。もしかして、自分がとんでもなくアブノーマルな呼吸法をしている可能性もあるぞ。

 怖くなってwikipediaで「呼吸」の項目を調べたら、「空気と血液とのガス交換」と定義されていた。血液から二酸化炭素を放出し、代わりに酸素を血液に送っているとのことだ。そんなこと全然意識したことがない。私はちゃんと酸素を吸収できているのだろうか。間違って変なものを血液に送っていたりしないだろうか。

 そういえば、年々体臭が気になるようになってきた。もしかして、これは酸素じゃなくて臭素(臭いの素になる成分)を血液に送ってしまっているからじゃないだろうか。あと最近、徹夜をすることができなくなってきた。昔はカラオケでオールをしてから出勤しても余裕だったのに、今では10時くらいには帰りたくなっている。これも、二酸化炭素の代わりに元素(元気の素となる成分)を排出してしまっているからではないだろうか。

 ちゃんと一般的な呼吸ができているのかが不安だ。wikipediaには平常時の呼吸は毎分6~10リットルと書いてある。1リットルの呼吸ってどのくらいだろう。全然イメージができない。私は布団から出て台所に行き、500ミリリットルのペットボトルを空けて持ってきた。5秒に1回、この空のペットボトルの中の空気を全部吸えば、一般的な呼吸と言える。

 そう考えて実行してみたが、なかなか難しい。口から吸って鼻から吐くつもりだったが、ペットボトル内の空気を完全に空にすることができない。(完全に空になったペットボトルは凹むはずだ。)普通に呼吸をしようと意識すればするほど呼吸をするのが難しくなっていく。何にも考えていなかったときは何となくできていたのに。

 同じようなことは、いろんなことにあって、例えば歩くのも意識し始めるとできなくなってしまう。右手と左足を同時に出して、地面につくと同時に逆サイド。こんな風に考えながら歩いたら、バランスを崩して転んでしまった。

 もしかしたら、意識せずにできることは、意識しないままにしていた方がいいのかもしれない。きっと世界にはそういう無意識がうまく回している領域があって、そこに意識が介入すると秩序が乱れてしまって、物事が成立しなくなってしまうんだろう。

 そういう結論に落ち着いたので、もう余計なことは考えずに寝ることだけを考えよう。と思ったんだけど、寝るってどうやってやるんだっけな……

ものすごく理不尽で、ありえないほど速い失望

 ハマモトさんは仕事が早いのに威張らないし、誰に対しても気配りができるし、こういう人を人格者って呼ぶんだろう。職場だけでなく、家庭でも良き夫、良き父であるらしい。娘さんが塾で遅くなる時は必ず迎えに行くのだそうだ。

 先日、飲み会でたまたまハマモトさんの隣になったので、「えらいですね」なんて話をしたら、ハマモトさんは「まぁ、娘に悪い虫がつかないか心配でね」と言いながら照れ臭そうに笑った。

 良いとか悪いとかじゃなく、人を虫呼ばわりするな。

影武者

 ナツミが「あたしは“かげきゃ”だからさ」って言うから、「それは陰キャ(いんきゃ)って読むんだよ」と教えてあげた。陰キャっていうのは「陰気なキャラ」の略だ。たしかにナツミは友だちが多い方ではないけれど、別に性格が暗いわけでもないし、悩んでるなら慰めなきゃって思ったんだけど、影キャ(かげきゃ)で合ってるんだって。影キャは「影武者キャラ」の略だそうだ。はじめて聞いた。

 ナツミが言うには、ナツミは本キャ(たぶん本物キャラの略)のナツミのニセモノというか代わりというか、とにかくそういう感じらしい。でもなんか、そんなのって悲しすぎるよ……

 ナツミとの思い出はたくさんある。いろんなところに遊びに行って、いろんなことを話した。あたしが一緒に過ごしたナツミは影キャかもしれないけれど、ナツミとの思い出は本おも(本物の思い出の略)だよ。ナツミと過ごした日々が頭に思い浮かんで、あたしは思わず泣いていしまった。

 ナツミは、そんなあたしを見て「ごめん。間違って読んでたのが恥ずかしかったからごまかしただけ」と言った。クソ。

(でも、それは泣いているあたしに向けられた優しい嘘である可能性もないわけではない)