NOWHERE MAN

 先日、横浜で行われた「世界妖怪会議」に参加してきました。狼男や吸血鬼のような西洋の伝説とされている方々や、チュパカブラやビッグフットのような所謂UMAの方々も参加しているので、妖怪会議という名称は正確ではないように思いますが、他に適当な訳語もないので、とりあえず我々は妖怪会議と呼んでいます。あなた方のように、物理法則に従って生まれ、存在し、死ぬタイプの生き物と違い、我々はあなた方人間の想像が作る物語のエネルギーで存在しています。簡単に言うと、人々が我々の存在を信じた瞬間に我々は生まれ、その存在が語られる事で力を得ます。そして、人々が我々を忘れた時、我々は死ぬのです。だから我々はその存在を人々の記憶に刻み込むために、恐怖や謎をあなた方に与えています。悪く思わないでください。これも生きるため、あなた方が動物の肉を食べるようなものです。

 しかし、最近はどうも我々の存在を信じ、語り継ぐ人々が減っているようです。先日の会議も、死亡した「ばばねり」「まげちらし」「バルバンゴ」への黙祷から始まりました。
 えっ?そんな妖怪知らないって?それはそうです。あなた方が忘れたから死んでしまったのです。ばばねりは、その名の通り糞(ばば)をこねる妖怪でした。汲み取り式便器があったころは「便器を覗くと何かがネチャネチャと音を立てている」などと言われて恐れられていたのですが、時代の変化に対応できず、消滅してしまいました。まげちらしは、これもその名の通り、綺麗に結った髷を乱す妖怪でした。髷が廃れてからも、キチッとセットした人々の髪形を乱すことで生き延びていたのですが、一時期流行った無造作ヘアのせいで、徐々に弱っていき、ついに消滅してしまいました。バルバンゴは、どんなやつか覚えていませんが、たしかヨーロッパの妖怪です。

 会議の議題は、やはり「今後生き残るにはどうしたらいいか」でした。我々も試行錯誤しているのですが、どうも上手く時代についていけません。インターネットの発達に目をつけたメリーさんは、Twitterを使って「あなたの後ろなう」などとつぶやき、人々の恐怖を煽る作戦に出たのですが、RTされた挙句「メリーたんキタ━(゚∀゚)━!!!!!」などと言われ、一向に信じてもらえなかったようです。

 これといった意見も出ず、会議はぐずぐずと長引き、私はイライラしていました。だいたい、河童とかいう三流妖怪がでしゃばっているのが気に食わない。あいつは「尻子玉を抜くなんて流行らねぇ。どうせ抜くなら個人情報だぜ」と嘯き、スキミングに手を染めるような小さい奴なんです。会議が始まるなり、あいつはマイクを手に取り「外国からいらした方々、私は河童でございます。どうかKappaと発音してください」なんて言い出し、そのままなんとなく司会の立ち位置に収まりました。本来の司会は私だったはずです。だから私には席が用意されておらず、仕方なく河童の席に座ることになりました。生臭い河童の席に。

 河童は「ぬりかべはもっとカラフルになるべき」だとか「グレムリンは格安航空だけ襲え」などと下らない軽薄な事をしゃべりながら司会を続けました。司会は私の仕事だというのに。あいつが妖怪でなければぶっ殺してやるところです。先ほども説明しまたが、あなた方の死と我々の死は違うのです。河童は三流妖怪のくせに文学作品やら「かっぱ寿司」やらで知名度だけは高いから、なかなか死なないんですよ。

 今回河童が私から司会の座を奪った意図は明白でした。同じく会議に出席している砂かけ婆の気を惹こうとしていたのです。砂かけ婆と言っても、この会議に出席していたのは若い砂かけ婆で、時代に合わせて砂の代わりに催涙スプレーを吹きかけるようになった妖怪です。若いのに婆と呼ばれていることが悩みで、プライベートではサンドレディと名乗っています。私は砂かけ婆のことなら、生年月日血液型スリーサイズ住所家族構成etcなんでも知っています。何故なら彼女と私は愛し合っているのですから。そうとも知らず河童は馬鹿な奴です。
 案の定、会議が終わった後、河童は彼女に話しかけてきました。隣に私がいるのに恥知らずなやつです。まぁ私たちは24時間365日ずっと一緒にいるので、一人きりの時を狙うのは無理なんですがね。


「砂かけちゃん!俺の司会っぷり、どうだった?天狗さんに負けないくらい上手かったろ?」
天狗はお前だ
「しっかしキョンシーの奴もダセェよな。俺がちょっと睨んだら血の気が引いてたぜ」
元からだ
「ところで砂かけちゃん。この後空いてる?飲みにいかない?」


 その瞬間、彼女の催涙スプレーが、プシュー。泣きながら倒れこんだ河童のやつを尻目に、私たちは彼女の家に帰りました。彼女が愛しているのは私だけなんだ。お前みたいないつも濡れてて、胡瓜が好物の緑色なんて、私の砂かけ婆に話しかけるのもおこがましい。だいたい河童と砂かけ婆なんて相性最悪じゃないか。皿の水分が、すぐ砂で奪われてしまうぞ。
 その点私たちの相性は最高です。彼女は男嫌いで、男にはすぐ催涙スプレーを吹きかけるのですが、私とは初めて会った時からお互い一目惚れだったらしく、催涙スプレーを吹きかけることもなかったですし、その瞬間から今まで片時も離れず一緒にいます。お互い無口な方なので、会話はほとんどありませんが、彼女は私のことを愛しています。態度でわかるのです。寝るときも、お風呂の時も、ずっと一緒です。彼女は私の物なんだ。誰にも渡さない。河童殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。もし妖怪でさえなければ、私は誰にも見つからずに河童を殺せるのに。くそっ。あ、そういえば、自己紹介を忘れていましたね。私は透明人間です。えっ?なんですか、その目は?私と彼女の仲を疑っているんですか?彼女は私を愛していますよ。まさか、あなたは私と彼女の仲を引き裂こうとしているんじゃないでしょうね?許さない。彼女は私の物だ。絶対に離さない。許さない。殺す。相手が人間ならいつでも殺せるんだ。殺す。コロス。ただ殺すんじゃ生ぬるい。今からお前をずっと監視してやる。ずっと、ずっと監視して、お前が幸せの絶頂に達した瞬間殺してやる。絶対に許さない。ずっと見ているぞ。






なーんてね、怖がってくれました?