気弱センサー
私は気が弱い。
ご飯を食べに行って、注文したものと違うものが出てきても黙って食べるし、この前も満員のエレベーターで足を踏まれたまま9階まで運ばれた。美容院では、もう少し切って欲しくてもOKを出すし、店員さんに勧められたものを買わないのは悪い気がする。
損な性格だと思うけど、そのおかげで大きなトラブルに遭わなくて済んでいるんだと思う。
ただ、気が弱い人はなめられやすい。
世の中には「気弱センサー」とでも言うべきものを持っている人がいて、そういう人は初対面でも気が弱い人間を察知できる。そして、相手が強く出てこないのをいいことに、グイグイくるのだ。
先日、引っ越しする必要に迫られて不動産屋さんに行った。運悪く、私の担当になった人が「気弱センサー」を持っていた。住みたいエリアと家賃を伝えると早速いくつかの物件を見にいくことになった。
こういう時、不動産屋さんはちょっと残念な物件を見せてから、徐々にいい物件に連れていき、最後に行ったところに決めさせるという手段を使うことが多いらしい。
最初に連れて行かれた物件は、仕切りのない部屋だった。キッチン、トイレ、風呂、それらすべてがだだっ広い部屋の中に並んでいる。不動産屋さん曰く「自由度の高い部屋」らしいが、この自由度の高さを活かせる気がしない。
次に紹介された物件は、幽霊がでるという噂のある、いわくつきの部屋だった。不動産屋さんがいうには、この部屋はもともと定食屋を営んでいた仲のいい老夫婦が住んでいたらしい。まず奥さんの方が体調を崩して亡くなってしまい、ほどなくして旦那さんの方もこの部屋で息を引き取ったということだ。
何か凄惨な事件があったわけではなく、二人とも天寿を全うしたといえる穏やかな死に方だったそうだが、なぜか幽霊になってしまった。
私が内見に行った時にもいた。穏やかな表情を浮かべた老夫婦が、部屋の真ん中に座って何かを話している。少し透けてるところと、触ろうと思っても触れないところを除けば、めちゃくちゃ普通のおじいさんおばあさんだ。不動産屋さんは「特に害はないッスよ」と言っていたが、さすがに落ち着かない。
最後の物件は、築3年駅近のいい物件だった。ただし、ちょっとだけ沼に沈んでいる。「沼が気にならなければ最高の物件ッス。自分で住みたいくらいッスよ」と不動産屋さんは言った。沼が気にならないってどんなやつだよ。
でも先に見た物件でいい具合に価値観を揺さぶられていた私は、その部屋をいい部屋のように感じてしまい、契約してしまった。
そういう訳で沼に住んでいるので、いつも靴がグショグショに濡れている。この前、映画館に「ボヘミアン・ラプソディ」を観にいったんだけど、足元のグシャグシャ感が気になって全然集中できなかった。おじいちゃんおばあちゃんの幽霊も「気弱センサー」を持っていたのか、あの内見以来私に取り憑いている。
こんな僕ですけど、どうですか? 霊とかグショグショが気にならなければいい物件ですよ。