自由への招待

 自由ってのは金がかかる。俺ん家は貧乏だったから、昔から自由とは縁がなかった。自由帳も買ってもらえなかったから、裏が白い広告を束ねて自由帳の代わりにしていた。裏が白い広告は珍しい。だから俺はなるべく長く楽しめるように小さく小さく絵を描いたりした。カラー印刷用の紙はつるつるしていて、色鉛筆のノリが悪くてイヤだったが、そんな贅沢は言ってられなかった。

 本当は高校にも通いたかったが、お金を稼がなきゃならんかったので就職した。貧乏っていうのは選択肢を奪ってくる。だから自由とは縁遠い。

 そんな俺の目の前に「フリータイム(11:00~20:00)600円」というカラオケ屋の看板が飛び込んできた。なんと!600円で自由が手に入るというのか!

 俺はさっそくカラオケ屋に飛び込み、興奮気味に「フリータイムで!」と告げた。店員が「ダムとジョイがございますが、どちらになさいますか」と言ってきた。意味がわからない。ダムは水を貯めるやつか? ジョイって女医のことか? なんでその2択になるのかは理解できないが、それならば女医の方がいい気がするな。

 「女医で!」と元気よく答えると、店員は部屋番号を教えてくれた。さらに、ドリンクバーを使っていいということだった。さすがフリータイム! 自由だぜ!

 俺は指定された401号室へ向かった。この中に女医がいるのか? こういうのは初めてだから、ちょっと怖い。勇気を振り絞って中に入ると、そこには薄暗く、怪しい照明の光があるだけで、女医の姿はどこにも見えなかった。

 後から来るタイプなのかと思い、今か今かと待ち構えていたが、ついに女医は訪れず、無情にもフリータイムの終了を告げる内線電話が鳴った。

 今になって思えば、ジョイとは女医のことではなく、エンジョイのJOYだったのではないか。それを勝手に勘違いして、俺は結局JOYできなかったのかもしれない。やはり金のない俺は、自由を享受することができないのか。

 もうとっくに春だというのに、まだ冬のように寒い風を浴びながら「次はダムにしてみよう」と心に誓った。