くたばれ社員旅行

 景気のいい時は、我が社にも社員旅行があったらしい。会社からみんなバスに乗って温泉に行くのが定番のコースだったそうだ。みんなバスが出発すると同時に車内で飲み始め、その結果、本番の宴会にたどり着けなかったものも少なくなかったとか。それから、若手社員は何らかの宴会芸(主に脱ぐタイプのやつ)を披露したりして、それはそれは盛り上がったそうだ。

 先輩からそんな話を聞いて、口では「いいッスね!」などと言ったが、まじムリ最悪絶対ごめんだ。なくなってホントよかった〜。

 ところが、近年業績と反比例して離職率が右肩上がりの我が社は、社員の士気高揚のために社員旅行を復活させると言い出した。馬鹿野郎! 逆効果だ! 離職率がさらに上がるだけだ!

 だいたい「旅行」という概念がなくなってそろそろ数世紀が経とうというのに、「社員旅行」の経験者がまだ勤めているというのも驚きだ。医療技術の進歩はすごい。「寿命」という概念は最早なくなった。それは同時に「定年退職」という概念がなくなることでもある。人々は生きている限り永遠に働かなければならなくなった。地獄だ。work or die.

 トランスポーターが発明されてから、乗り物は純粋に乗ることを楽しむ人以外には不要となった。世界の大きさは限りなくゼロに近くなった。近所のコンビニに行くのもブラジルに行くのもたいして変わりはない。ボタン1つでどこへでも行ける。

 だから、蘇った社員旅行でバスを使うと言った時はビックリした。バス。乗り物博物館でしか見たことのない巨大な車。

 あんなに嫌だ嫌だと思っていた社員旅行だけど、ちょっとテンションが上がってしまった。やっぱり男の子だから、恐竜とか車とか、そういう巨大で古代のロマンを感じさせるものには弱い。

 社員旅行当日、たしかにバスが迎えに現れた。一体いくら掛かったんだろう。感動の光景だった。ほとんどの社員にとって、初めての乗車体験だった。

 今回の社員旅行も話に聞いていたように、みんな酔ってしまって宴会にたどり着けなかった。ただし、酒に酔ったのではない。車酔いだ。まさか車がこんなに揺れるものだとは知らなかった。

 貴重なバスをゲロまみれにしてしまったことで、かなりの賠償金を請求されたらしい。会社は終わった。死。