テレパスバスドライバー

 ある調査によると、絶対音感の持ち主は1000人に1人らしい。つまり全体の0.1%だ。僕の体感だと、テレパシーを使える人も同じくらいの割合のような気がする。
 僕は物心ついた時から人の心の中が読めた。テレパスってやつだ。そしてテレパス同士が近づくと、マイクのハウリングみたいにキーッって鳴るような感じになる。それがだいたい1000人に1人くらいの割合だと思う。

 テレパシーが使えるっていうと、人は羨ましがったりするけど、別にたいしたもんじゃない。誰でも少しくらいは他人の内面を察する能力を持ってるし、人の心の中がわかったところで、それを変えることはできないんだから。

 僕はバスの運転手になった。小さい時から車が好きだったからだ。大きな車を運転するのは楽しいけど、バスの運転手は悲しい職業だ。きちんと時間通りに、決まった場所で停まらないといけない。少し遅刻してしまった高校生が一生懸命走ってバス停に向かって走っているところを見ながら、バスを発車させたこともある。でも、そうしなければバスに乗ってる人たちが電車に遅れてしまうのだ。高校生の恨み言が脳内に流れてくる。テレパスのツラいところだ。

 夜遅い時間帯は、乗客も少ない。その日の夜は、会社帰りのOL一人きりだった。彼女は大きな仕事のために恋人をほったらかしにし過ぎてしまい、別れることになってしまった。その仕事は成功したが、手柄を上司に横取りされてしまったらしい。悲しい話だ。
 彼女の家は、ちょうどバス停とバス停の間にある。どちらのバス停から降りても、少し歩かなくてはいけない。彼女はひどく疲れていた。

ピンポーン

 「降りますランプ」が紫色に光ったが、私は無視してバスを進めた。「すみません、降りたいんですけど」イライラした声が聞こえたが、これも無視した。
 そして、彼女の家の前でバスを止め、ドアを開けた。彼女はがんばっていたんだ。これくらいのご褒美があってもいいだろう。

 彼女の心の声が聞こえる。
「えっ!? なんでうちの場所知ってるの!? ストーカー!?」
 想定外の事態に彼女はパニックに陥り、恐怖から窓ガラスを突き破って車外へ出た。
 私はスーツが破け、血まみれになりながら走り去る彼女を泣きながら見ていた。