ダイイング・メッセージ

 車に轢かれた。
 というか、「車に轢かれる」というのは、正確にはどのような状態のことを言うのだろうか。自分の体が車と接触したら? それとも接触して離れたら? 接触して離れて地面に落ちたら?
 あたしは今、車と接触して飛ばされて地面に落ちている最中だから、正確には「車に轢かれてる」が正しい表現なのかもしれない。


 iPodサカナクションの曲を聴いてたら、つい夢中になっちゃって、車に気がつかなかった。「あっ」って思った時にはもう体が宙に浮いていた。でも、なかなか落ちない。時間がゆっくり流れてる感じ。たぶんアドレナリンだかエンドルフィンだかわかんないけど、とにかく脳内物質的なものが大量分泌された影響だ。
 あたしは恐らく死ぬだろう。さっきから内臓が見えてるし、実は走馬灯もはじまっている。いまは幼稚園のお遊戯会の場面。あたしの幼稚園の桃太郎は5人いた。あたしは3匹いるサルのうちの1匹だった。桃太郎のセリフにかぶせて自分のセリフを喋っちゃったから、たぶん聞かザルだ。


 正直、結構楽しかったし、一片の悔いもない人生だったんだけど、このまま死ぬのはちょっともったいないっていうかなんか嫌だ。なんとか現世にしがみつけないだろうか。走馬灯は小学校の卒業式まで進んだ。号泣しているあたし。どうせみんな中学でも一緒なのに。


 はっきりいって、身体はもうどうしようもないだろう。何度も言いたくはないが、内臓見えちゃってるし。でも精神だけならなんとか残せるんじゃないだろうか。後悔とか恨みとか、そういったネガティブな感情エネルギーを爆発させて、地縛霊になるとかすれば。走馬灯は中学時代を映している。県大会で最後のシュートを外した場面。当時はかなりショックを受けたけど、今となってはドラマチックでいい思い出だ。昔話する時の鉄板ネタだし、面接とかで「一番悔しかったことは?」なんて聞かれたときにも使える。


 だけど、あたしには強い後悔なんてないし、もちろん誰かに恨みもない。あたしを轢いたおじさんも、さっきからずっと目ん玉ひん剥いて顔色を失ってるし、これからあたしを轢き殺しちゃったっていう罪悪感とか、責任とか背負っていくのかと思うと、むしろ申し訳ない。そもそもはあたしの不注意だったわけだし。アキラくんが映った。高校の時にできた初めての彼氏。お互いどうしていいかわかんなくてモジモジしたまま別れてしまった。最近は思い出すこともなかったけど、もしかしたら今まで付き合ってきた人の中で1番いい人だったかも。


 そうこうしてる間に、走馬灯が現在に追いつきそうだ。どうしよう。ホントに消えたくない。別に何かしたいことがあるわけじゃないけど、もう少し現世に留まりたい。あああ、やばい。どうしよどうしよ。ストップ! 走馬灯ストップ! 一時停止! 止まらない。成人しちゃった。ああああ、はやく現世に未練を作らなきゃ、地縛霊になれない。悔いがないのが悔いだよ。悔い! 悔い! 悔い! あ、サカナクション再生して、あああ、その道に出ちゃうと、ああっ! 死ぬ。あたしが消える……。なんであたしはたいした後悔のない人生を送ってしまったんだろう。一度くらい大きな後悔を引きずっていればよかった……。


 白い光に包まれて、気がつくとあたしは轢かれた場所にいた。
 足元を見る。ない。足がない。やった! 悔いがないという悔いのおかげで地縛霊になれたんだ!


 そしてあたしは成仏してしまった。