バスルームで髪を切る100の方法

 カスミは人を罵倒する時「ハゲ」という言葉を使った。これはカスミがどんだけ髪を大切に思ってるかの裏返しでもあるだろう。問題はカスミが誰かに「ハゲ」と言う時、周りにいる無関係な薄毛の方々を刺激してしまうことだ。でもカスミはそんなことは気にしない。「つまんないこといちいち気にしてたらハゲちゃうじゃん」
 僕はとりたててイケメンという訳ではないのだけど、頭の形がフィボナッチ数というか、完璧な黄金比で構成されていて、その結果どんな髪型でも似合ってしまう。初めて会った時からカスミがやたらと僕を気に入ってくれたのは、そういうところを見抜いたからだろう。僕の方も、かわいらしくてオシャレなカスミを気に入った。少しエキセントリックな性格もほどよく刺激的で、僕らはなんとなく付き合うような形となり、いつの間にか僕のアパートで一緒に住むようになった。
 カスミはどんな髪型でも似合ってしまう僕が面白いらしく、髪が伸びるとすぐに切って、色んな髪型を試した。テクノカットにした時なんて、あまりにも似合いすぎるからシンセサイザーが弾けるんじゃないかと思って二人で楽器屋に行ったくらいだ(当然弾けなかったんだけど)。七三分けにした時は、あまりにもしっくりくるもんだから、生まれてこの方ずっと七三分けだったような気がして、実家に帰って子供の頃のアルバムを確認した。そこにはスポーツ刈りの僕の写真があったんだけど、それも似合っていた。モヒカンにした時もウルフヘアにした時も完璧に似合ってた。「そもそもモヒカンってインディアンの言葉でオオカミを意味するから、モヒカンが似合うってことはウルフが似合うってことなんだよ」っていうカスミの意味の解らない解説に「なるほどね」と本気で納得してしまうくらい似合っていた。
 カスミはだんだん既存の髪型には満足できなくなり、自分で考えた奇抜な髪型を僕に試すようになっていた。その頃から僕の髪が伸びるのを待つのがもどかしくなったみたいで、育毛剤をかけてくるようになった。髪型の研究と並行して育毛剤の研究も始めたみたいで、自分で開発したオリジナルの育毛剤を使っていた。研究の甲斐あってか、僕の髪はどんどん伸びるようになった。朝髪を切っても夜になるともうボサボサ。さすがにちょっと不便だから、育毛剤を使うのを止めてみても変わらない。ボサボサー。
 僕はちょっと(かなり)困った(怖くなった)けど、カスミはウキウキして毎日違う髪型を僕に試した。髪型っていうよりは抽象概念に近いような前衛的な髪型でも僕には似合った。


 ある日、カスミは風邪をひいてしまい、ベッドから起き上がることもできないくらいだったので、僕はお粥を作って、ボサボサの髪型のまま出かけた。
 その日、帰ってきた僕をみて、カスミは「その髪型も似合ってるね」と言った。無表情だった。


 次の日、カスミはいなくなった。
 カスミが帰ってくることはなく、僕は伸びまくる髪の毛を持て余し、毎朝ヒゲを剃るのと一緒に髪の毛も剃り、坊主頭でいるようにした。


 それから数年が経ち、僕は就職し、会社で後輩もできた。その後輩の中に気になるやつがいる。毎日毎日違う髪型をしてくるんだけど、全然似合わないやつ。
「先輩、坊主似合ってますよね。俺、どんな髪型も似合わなくて。うらやましいッス」
 俺はお前がうらやましいよ。