毒にも薬にもならない毒薬

 流行りの「女子会」ってやつに誘われた。まぁ同期のマリやミサトとはしょっちゅう飲んだり遊んだりしてるから、今さら何を改まって「女子会」とか言ってって思ってたら、ただの女だけの飲み会と「女子会」は別のものなんだって力説された。要するに、「女子会」には女だけの飲み会にプラスして「女子っぽさ」があるらしい。今回は普通の居酒屋ではなく、薬膳鍋を食べるってとこが「女子っぽい」らしい。マリ曰く「デトックスして解毒しようぜ」ってことらしいけど、デトックスって解毒って意味だから、それ「解毒して解毒しようぜ」って言ってることと同じで同義反復じゃん。まぁ言いたいことは解るんだけどね。

 薬膳鍋はいろんな意味であっさりしててちょっと物足りなかった(代わりにマリの不倫トーク胃もたれするほどこってりだった)。美肌効果があるって聞いてたんだけど、そんな効果は微塵も感じられなくて「あれサギだよねー」って話したら、みんな「ウソーッ。お肌プルプルになったよー」「また行こうねー」とか言うからビックリした。たぶんあたしには毒がないんだ。毒。みんなにはあるのに。

 それでなんか悔しくなって、あたしは毒手を身につけることにした。毒手っていうのは、自分の手を毒に染めて毒の拳にすること。この毒の拳で殴られた相手は、肉が腐り死に至るという大変恐ろしい拳法だ。あたしは壷を2つ買ってきて、片方に毒を、もう片方に薬草の汁を入れた。手を毒の中に突っ込んで、それから毒を和らげるために薬草の汁の中にまた手を突っ込む。そうやってだんだんと手を毒の塊に変えていくのだ。最初は弱めの毒。肌がすこしピリピリした。毒手になった手で日常生活を送るのは難しいから、利き手じゃない左手を毒手に変えることにした。最初の何日間は何にも変わらなかった。1週間したら左手で触ったところに少しだけ刺すような痛みを感じた。2週間が経つ頃には左手がうっすら紫色に変わった。うっかり左手で目をこすっちゃって左目は見えなくなった。ついに毒手になったんだ。片手じゃコンタクトは入れられないから、あたしはいつもメガネになった。それから化粧をするにも不便だから、すっぴんに近い形で外出するようになった。マリとかミサトが「どうしたの? そんなんじゃずっと独身だよ」って言ってきたけど、あたしはもうすでに毒身なのだ。

 2ヶ月が経って、あたしの左手はたぶん象を殺せるくらいのレベルになった(実際に何かに試したことはないけど)。毒劇物取扱者の免許も取った。さらに半年このトレーニングを続けたら、保護用の手袋まで溶かしてしまうようになった。どんどんどんどん毒は強くなって、ついに金以外のものは何でも溶かすようになってしまった。もはやあたしのライバルは王水(濃塩酸と濃硝酸を3:1で混ぜたもの。金を溶かすことができる)だけだ。

 マリとミサトはこんな風になってるあたしをさすがに心配した。「ちょっと最近ヘンじゃない?」ヘンじゃないよ、ただちょっと手が毒物なだけ。そう言って、飲んでた缶コーヒーを溶かしてみせたらマリもミサトもドン引きしてた。「ヤバいヤバい! それはヘンだよ」でも毒があるってそんなにヘンなことかな。みんなキレイになりたいとか言って、デトックスしたりするけど、本当に魅力的なものってどこか毒をもってるんじゃないかな。「ちょっと! あんた怖いよ。何言ってるんだか全然わかんない」

 こんな感じであたしはひとりになっちゃった。なんかどうでもよくなって、毒を強くするトレーニングも止めてしまった。だから金だけは溶かせないまま。みんなだって毒を持ってるのに、なんであたしの毒手は受け入れてもらえないんだろう。泣けてきた。見えない左目からも涙だけは流れる。

 女の子が白馬の王子さまを夢見るように、あたしは王様がやってくるのを待っている。あたしが待っているのはミダス王。神との取引によって触れたものを何でも金に変えるようになった男。彼はその手で自分の娘に触れてしまい孤独の身となった。あたしなら彼と手を繋ぐことができるような気がする。2人の間には大量の一酸化窒素が発生するんだろうな。