ビッチマグネット

 あなたのうちにはドライバーがありますか? ゴルフの道具でも運転手でもなくて、ネジを回すやつです。ドライバーの中には先端が磁石みたいになっていて、ネジを回した時にネジを落とさないようになっているものがあります。私の仕事は、そういうドライバーを作るときに使うマグネタイザーという装置を作ることです。マグネタイザーを使えば、色んな金属を磁石みたいにすることができます。

 小さい頃から発明家になることが夢でした。自分の発明で、人類の未来を作りたかったのです。その夢はずっと変わらず、大学では宇宙工学を学びました。宇宙航空分野の研究開発を行いたかったのですが、就職活動は思うように行かず、結局、いまの電気機器メーカーに就職することになりました。

 就職活動を始めて、この社会にはなんて多くの人が働いているんだ! と驚きました。例えば、パソコンだって、数十万の部品が組み合わさってできています。キーボードのボタン、ネジやコンデンサのひとつひとつの背後に、それを作っている人がいるのです。そして、それを作るために必要な機械もまた数十万の部品でできていて、またそのひとつひとつの背後に人がいるのです。

 私は今の仕事が嫌いではありませんが、やはり小さい頃の夢が頭にチラつくことがあります。何かスゴい発明をして、ノーベル賞を獲る自分を幾度となく妄想しました。

 そんなある日、私はいつものように自分が作ったマグネタイザーがちゃんと機能するかチェックするために、試験用の鉄棒を磁化させました。鉄棒は見事に磁化され、ネジがくっつくようになりました。そして、その鉄棒を机の上に置こうとしたのですが、手から離れません。最初は時計にくっついているのかと思ったのですが、私はいつも通り時計をしていませんでした(こういう仕事ですから、仕事の時は時計を外すのです)。反対の手で鉄棒を取ると、今度は反対の手にくっついて離れません。悪戦苦闘してようやく机の上に置きましたが、今度は机にくっついているようです。木製の机なのに。

 どうやら今回私の作ったマグネタイザーは不良品で、金属を変な風に磁化させてしまうようでした。このマグネタイザーで磁化した金属は、金属以外の物質にもくっついてしまうのです。同僚は、私の作ったマグネタイザーで磁化された金属を「ビッチマグネット」と呼んで笑いました(「ビッチ」とはふしだらな女性を指す俗語です。何とでもくっついてしまうので同僚はそんな風に呼んだのだと思われます)。

 私はなんだかこの不良品のマグネタイザーに愛着が湧き、こっそり職場から持って帰りました。しかし、持って帰ったのはいいんですが、不良品のマグネタイザーなんて使い道がありません。普通のマグネタイザーだってそんなに使わないのに、手から離すのにも一苦労のものを作るなんて……
 その時、昔TVで観た「磁石人間」を思い出しました。スプーンやフライパン、アイロンなんかを体にくっつけることが出来るビックリ人間。このマグネタイザーを使えば、簡単に「磁石人間」のマネができます。私は練習して、かなり自然な形でスプーンやら何やらを手から胸や腹にくっつけることが出来るようにしました。

 会社の忘年会で、初めてこの芸を披露しました。タネを知っている同僚からは「ビッチマグネット! ビッチマグネット!」という野次を飛ばされましたが、意外にも好評でした。それからは折に触れてこの芸を披露しました。どこでやってもそこそこ好評だったので、私は自分の作った不良品のマグネタイザーに居場所を見つけてあげれたような気がして嬉しい気持ちになりました。

 数年後、私はどんな物質にもくっつくマグネットを開発してノーベル賞を受賞したアメリカの物理学者の記事を新聞で見つけました。その手があったかー