イヤホンジャック

音楽はバリヤーだ。
中学生の時、お年玉でMDウォークマンを買った。音楽は最高だ。音楽を聴いている間はイヤなことと向き合わないで済む。中間テストや決まらない進路や口うるさい親やモテない自分から離れるために、俺は絶えず音楽を聴き続けた。歩く時もイヤホンをしながら、なるべく下を向いて歩いた。外の世界の情報を出来る限りシャットダウンし、自分の世界に閉じこもる為だ。
高校生になっても、大学生になっても、社会人になってからだって、この習慣は変わらなかった。変わったのは、MDウォークマンiPodに変わったことくらいだ。朝の通勤電車の中でも、イヤホンをして自分の世界に閉じこもった。その間だけはイヤな仕事と少し距離を置ける。
いつものように自分の世界に閉じこもっていると、足を踏まれた。思わず目を上げると、OLっぽい女の人が俺と同じようにイヤホンをしながら目を伏せている。
この人も自分の世界に閉じこもっているのだろうか。だとしたら、どんな音楽を聴いているんだろう。椎名林檎か、YUIか、サカナクションか。知りたい……
見渡してみると、イヤホンをしながらうつむいている人がたくさんいた。あの高校生が聴いているのは神聖かまってちゃんだろうか。あの美容系専門学校生っぽい人はSEKAI NO OWARIだろうか。気になる……
なんとかして他人が聴いてる音楽を盗み聴きできないだろうか。俺は文系だったから、そんな装置は作れないけど、理系の人が本気出したらそれくらい作れちゃうんじゃないか。すでに誰かが俺のことを盗み聴きしてるかもしれない。
それ以来、俺は自分で吹き込んだ「俺の世界を覗くな」という音声をずっとリピートしている。