闇ケーキ
今週のお題「大人になったなと感じるとき」
映画とかで度々出てくる「記念日を忘れるキャラクター」が信じられなかった。
妻や子どもとの約束を破ってしまい、信頼を失った夫(父親)が、なんやかんや頑張って、信頼を取り戻し、家族は絆を再確認してめでたしめでたしという物語は、定番と言えば定番だが、現実にそんなことあり得ますか? 妻の誕生日や娘のピアノの発表会、息子と遊園地に行く約束など、一緒にいれば、当日までに話題に出ることもあるだろうし、忘れたりしないと思うんだけど……
そんな風に考えていた私は、まだまだ人生というものをわかっていなかった。思えば、私の父は自営業で、家からほど近い職場で仕事をし、極端に帰りが遅くなるということもなく、夜は家族で過ごすのが当たり前だった。そういう環境で育ったがために、家族の中の父と仕事中の父を分けて考えたことがなかった。
実際に自分がサラリーマンになり、結婚して子どもができてみると、仕事と家庭の両立は案外簡単ではなかった。休みの日に仕事しなくてはならない状況もあれば、どんなに忙しくても家族のために何かしなくてはいけない時もある。
そうやって複数の自分のバランスを取りながら日々を送るうちに、うっかり何かが抜けてしまうことがあっても、ある意味でそれは仕方の無いことかもしれない。今ならそう思える。
そして、ついにやらかしてしまった。子どもの誕生日にケーキを予約するのを、すっかり忘れてしまっていたのだ。その日は定時退社をして家に帰る予定だったのが、トラブルが発生して少し遅くなってしまった。タイミングの悪いことに、世の中は緊急事態宣言が出されていて、いつものケーキ屋さんは営業時間を短縮していた。絶体絶命。
もちろん、時代は21世紀、なんだかんだでケーキを手に入れることはできる。ただ、妻は工場で作られたケーキを親の敵のごとく憎んでいるし、我が家には誕生日はホールケーキという不文律もある。周囲のケーキ屋さんを検索するも、すべて空振り。一体どうすればいいんだ……。
「お兄さん、ケーキ、あるよ」
ケーキ屋さんの前でうなだれている僕に、怪しげな東洋人が話しかけてきた(もちろん、僕も東洋人なのだが、怪しくはないつもりだ)。そいつは、裏ルートで仕入れたケーキを高額で売る、いわゆる闇営業のケーキ屋だった。ワゴン車から箱を取り出すと、その中には、ちゃんと美味しそうなケーキが入っていた。
「一万円ポッキリね」
相場からすると、だいぶ高額だが、背に腹はかえられない。私はしかたなく、そのケーキを購入した。
闇ケーキ屋で買ったケーキには、チョコレートでできたプレートとロウソクはついてこなかったが、それでも子どもたちは満足そうにしていたし、妻の機嫌もよかった。私もホッと一安心したのだが、闇ケーキ屋で買った闇ケーキを食べる家族の姿を見て、なんとなくモヤモヤしたものが胸に残った。