きれいは汚い

今週のお題「桜」

 

 「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という有名なフレーズで始まる、梶井基次郎の『桜の樹の下には』を現代文の先生が紹介した。まさにその次の授業で英語の先生が死体を探しに行く有名な映画『スタンドバイミー』を観せてくれちゃったもんだから、影響を受けやすい10代だった当時の私たちは街中の桜を掘り起こした。

 そういう歴史があるせいで、私たちの街には桜がない。桜があるように見えるが、それらは全てホログラムだ。大人になってから寄付を募って装置を買った。罪悪感があったのだ。この街には桜を知らずに大人になった子どもたちが何人もいる。

 ホログラム桜も完璧ではない。この街の子どもたちは「桜吹雪」という言葉の意味をよく飲み込めていない。この街の桜は散らないからだ。

 室町時代、能を大成させた世阿弥は、著書『風姿花伝』の中で「花は散るからこそ美しい」というようなことを言っている。この街の子どもたちにとって、なんて残酷な言葉なんだろう。だから、この街では『風姿花伝』を禁書として扱っている。

 この街の子どもたちは、桜の本当の美しさをしらない。でも、桜の樹の下から出てきた大量の屍体が博物館に展示されているので、屍体に関してはめちゃくちゃ詳しい。