女優が売れても歌手活動しなくなった

 「何をするか」よりも「誰がするか」が大事なことは多い。私が「板垣死すとも自由は死せず」って言っても歴史の教科書には載らない(そもそも板垣じゃない)。でも私が死んだって板垣が死んだって、自由が死なないことには変わりないじゃないか。まぁとにかく「誰が」が大事ってこと。

 これは音楽の分野でもそうで、広末涼子も『MajiでKoiする5秒前』とか歌ってたし、柴咲コウも歌ってた。人気が出た女優に歌わせるっていう定番の流れみたいなものがあったんだと思う。曲作りに関わった人には申し訳ないけど、これも「誰が」が大事であって、何を歌うかは二の次なんじゃないかな。

 でも、純粋に音楽を聴くって観点からすると、こういう企画って邪道な気がするな。そんな風にぼんやり感じてたんだけど、他の人たちもそう感じていたみたいで、それが一気に爆発した。

 2013年7月、剛力彩芽が『友達よりも大事な人』をリリースした。剛力彩芽が元気いっぱいに歌い踊るこの曲は、強力にプッシュされて街中で流れ、賛否を巻き起こした。この騒動をきっかけにタレント性が重視され、音楽性がないがしろにされる状況に危機感を抱いた人たちは「音楽性同盟」を結成して、剛力彩芽をターゲットに批判を繰り返した。

 「音楽性同盟」は、サブカル崩れの音楽好きやタレント性ばかりの音楽シーンに飽き飽きした大衆を中心に支持を集め、勢力を拡大、ついに全世界で「音楽純粋法」の成立を達成した。「音楽純粋法」は音楽からタレント性をはぎ取り、純粋な音楽性だけで評価するための法律だ。この法律が施行されて以降、すべてのアーティストは覆面になった。名前も無機質な文字列がランダムに与えられ、音楽と関係ない全ての情報が排除された。

 騒動のきっかけとなった剛力彩芽も、それ以降歌手活動をすることはなくなったかに思えた。しかし、「音楽純粋法」によって名前は明かされていなかったが、実は剛力彩芽は歌手活動を続けていたのだ。

 そのことが発覚したのは、剛力彩芽が恋人の実業家と民間人初の月面旅行に旅立って数日後のことだった。月面からの電波で地球上のスクリーンがジャックされ、そこに剛力彩芽が映し出されたのだ。そして、剛力彩芽はやはり元気いっぱいに歌い踊った。

 その曲は「純粋音楽法」の下ではklpn4519の『JNAV4PwU』と呼ばれていたが、剛力彩芽自身の口から剛力彩芽の『あなたの100の嫌いなところ』という曲であることが明かされた。それから剛力彩芽は立て続けに自分の曲を発表した。

 「純粋音楽法」の施行によって、タレント性が取り上げられ、「灰色の時代」と呼ばれるようになった音楽に、再び輝きが取り戻された。しかし、悪法でも法は法。もし地球に戻ってきたら、剛力彩芽は死刑に処されてしまう。

 地球に戻ってこれない剛力彩芽は、そのまま月面で亡命生活を送ることになった。今でも時々、月面から電波に乗って元気いっぱいの剛力彩芽の歌が届く。もちろん違法だ。でも、誰も何も言わないけど、きっとみんなそれを楽しみにしている。