逡巡しない強さ

 「人間は考える葦である」とパスカルは言った。人間のすばらしさは思考のすばらしさということだけど、本当かな。いつだって考えることが正しいとは限らない。

 パスカルも言っていたように、人間は弱い。葦のように弱い。というか葦よりも弱い。カネがないと死ぬからな。カネ・カネ・カネ。死にたくないのでバイトをした。クリスマスケーキの販売だ。

 そもそもクリスマスはカネを使わせるためのイベントだ。ギフト!プレゼント!贈り物!だから俺はあえてこの日にカネを稼ぐ。何も買わない。

 バイトは、俺ともう一人、見るからに体育会系なカラダのデカい大学生だった。辛気臭い男(俺)とマッチョ。どう考えてもクリスマスケーキを売るのには不向きだ。

 バイトには衣装が2種類用意されていた。サンタ服とトナカイの着ぐるみみたいなやつだ。社員さんから「どっちにする?」と聞かれて、マッチョは「サンタ!」と即答した。私は外での販売は寒そうなので、トナカイの着ぐるみの方があったかくていいと考えた。プラスチックの赤い鼻をつけるので、顔が見えにくくなるのも都合がいい。

 それから社員さんは「味見してみる?」と言って、ケーキをすすめてくれた。俺はありがたくいただいたが、マッチョは「ケーキは筋肉がしぼむので大丈夫です」と断った。筋肉がしぼむってなんだよ。ケーキの味は、どことなく物足りない感じだった。よく言えば「上品な甘さ」といったところだろうか。

 実際に外に出てケーキを売り始めると、着ぐるみは思ったより暑かった。あまりに暑くて我慢できなくなったから、途中から下着姿で着ぐるみに入った。シャツがビチョビチョだ。きっと帰り道で冷えて寒い思いをする。

 一方でマッチョは、カラダがデカすぎてサンタ服がパツンパツンだった。特に肩回りがキツくて、腕が回せなくなっていた。そのせいで、すごく不自然な動きでケーキを運んでいた。

 ケーキを売っていると、女子大生っぽい人がきて「これ美味しいですか?」と聞いてきた。俺は「甘すぎないのが好きなら」と答えたが、隣にいたマッチョは「世界一美味しいです」と言った。

 ま、負けた。

 なんだかよくわからないが、とてつもない敗北感を味わった。そもそもマッチョはケーキの味見すらしてない。どう考えても俺の答えの方が、質問に対して誠実だ。でも、どっちからケーキを買いたいかと言ったらマッチョの方だろう。仮に俺からケーキを買ったとしても、「甘すぎないのが好きなら」なんて聞いてしまったら、食べたときに「やっぱ甘さが足りないなあ」と思ってしまうかもしれない。俺の答えは誰も幸せにしない。ただの筋肉バカだと侮っていてごめんよ。

 結局、その客もケーキを買わないで帰ったし、例年に比べてケーキは全然売れなかったらしい。なんとなく申し訳ない気持ちになって、俺はケーキを1つ買い取って帰った。