It is no use crying over spilt milk.

 部活の後輩のスギモトくんは、登場の仕方がちょっとおかしい。「先輩!」と呼ぶ声がして、振り返ると誰もいなくて、おかしいなと思いながら前へ向き直るとスギモトくんがいたりする。トイレで用を足したあと、手を洗っていてふと目線を上げると背後に立っているスギモトくんと鏡ごしに目があったりしたこともあった。

 最初はふざけてるんだと思って面白がってたけれど、毎回だと疲れるし、普通に怖い。やめてくれと頼んだら、スギモトくんはやめ方がわからないと泣きながら話した。詳しく話を聞くと、スギモトくんは幼少期から子守代わりにテレビを見せられて育ったそうだ。だから、普通人間関係の中で学ぶことを全てテレビから学んだ。物心ついてからはホラー映画にハマったため、つい驚かすような登場の仕方をしてしまうのだそうだ。

 そもそも普通の人は、誰かの前に姿を見せることを「登場」とは呼ばない。じゃあなんと呼ぶかって言われると答えに困るんだけど…。とにかく、もっと自然に何も考えずスッと近づいていけばいいんだよ。とアドバイスした。

 それからスギモトくんは無言でヌッと視界に入ってくるようになった。前よりはマシだけど、ちょっとぎこちない。部のみんなで相談して、青春映画をたくさん見せることにした。たぶんスギモトくんは映画から学ぶのが一番性に合ってるだろう。

 その結果「目が合っちゃったね」とか「いま、俺のこと考えてただろ?」とか体が痒くなるようなセリフを連発するようになってしまった。結局最初のスギモトくんが一番よかったという結論になったので、今度はホラー映画を観ることになった。

 覆水盆に返らずっていう言葉があるが、まさにその通りで、一度起こったことは取り返しがつかない。最終的にスギモトくんは、人の死角の外から突然現れては、イケメン俳優にしか許されない喋り方で口説いてくるようになってしまった。

 上からネバネバした液体が垂れてきて、天井の方を観るとスギモトくんが貼りついている。そして、「この出会い、運命っぽくね?」などと言ってくる。怖すぎる。

 我々部員一同は、スギモトくんを滅茶苦茶にしてしまったことに対する罪悪感から、彼と向き合うことを避け、彼を野放しにしてしまった。たまに妖怪に口説かれたという噂話を聞くと、心がチクチクと痛む。