怒りの非対称性

 数年前、完全に私のミスで数千万円の仕事をふいにしてしまった。けれど、上司は今後同じミスが起きないように具体的な対応を報告するように言って、あとのフォローをしてくれた。めちゃくちゃに叱責されても致し方ないと覚悟していただけに、すごく驚いたし、これがスマートなビジネスマンの姿なのかと感動した。

 先日、作った書類を各所にチェックしてもらい、訂正が出るたびに書類を印刷していたら、同じ上司から「紙を無駄にするな!」と怒鳴られた。データ上で回覧して、すべての部署でチェックが終わったら印刷すればいいだろうとのことだ。まぁそれは正論なんだけど、4,5枚の紙でそんなに怒らなくてもいいじゃないかとも思った。

 一般的な価値の尺度で言ったら数千万円の仕事をふいにした時の方が、よっぽど怒るにふさわしい場面だったと思う。他人のことはわからないと言うが、上司の堪忍袋の緒がどこにあるのか全然わからなくて怖い。何かささいなきっかけで、再び上司を怒らせてしまうかもしれない。朝スタバで買った豆乳ラテを持って出勤したら、「身の丈に合わぬ!」とお怒りになられるかもしれない。「デュ」とタイピングしたくてDYUとキーを叩いて「ぢゅ」と表示させてしまったら「二度とマウンテンデューを飲むな!」とお怒りになられるかもしれない。怖すぎる。

 わからないのは怒り出すタイミングだけではない。怒りの度合いもわからない。五十万円の損害を出したら五十万怒(怒りの単位)の怒りが返ってくるということではないのだ。白井さんから掛かってきた電話のメモを「ヒライ様より 折り返し連絡が欲しいとのこと」と書いてしまったがために市中引き回しの刑に処されるかもしれない。ミスの大きさと怒りの大きさは比例しないからだ。

 いや、もしかして……。

 私は経済的な尺度でミスの大きさを測っていたが、それがそもそもの間違いだったのかもしれない。もしかして上司は、紙を無駄にしてしまったことで失われていく森林資源に対して怒っていたのではないか。そう考えると、上司が仕事のミスに対して怒らなかったことにも合点がいく。

 引き続き上司の観察をして、この仮説が正しいか検証しよう。ただし、慎重にことを進めなければならない。どこに上司の怒りスイッチがあるかわからないし、上司が植物の化身で、そのことに気づいた者を養分に変えてしまうかもしれないからだ。

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