なんだかもう無茶苦茶だった。

 小3の息子が公園で水着を濡らしているというママ友からのタレコミ(LINE)があった。なんでそんな奇行を? ほどなくしてスイミングスクールからも「来ていません」という連絡が。謎はすべて解けた。サボったな。
 サボったのはよくないことだけど、水着を濡らしてアリバイ工作をするなんて、息子もすっかり知能犯だな、と感心しました。ですが、このまま知らんふりはできません。しっかり尻尾をつかんで、母にはかなわないということを知らしめてやらなくては。
 そんなことは知らない息子は何食わぬ顔で帰宅。私もいきなり証拠を突きつけたりはしません。まずはジャブで「今日はどうだった?」と聞くと「ふつー」という返事。多くを語らないことでボロを出さない作戦か? なかなかやるな。
 それならばと「今日は塩素の臭いしないね」とカマをかけてみる。「えんそって何?」しまった。まだそこまで知識がなかったか。「プールの水に入ってるお薬だよ」「今日、めっちゃシャワー浴びたから」「なんで?」「となりのコースに臭い水をかけてくるやつがいた」

 ふふふ。バカな息子め。「がんばったから、汗いっぱいかいた」とか言えばごまかせたものを。「その子はどうしてそんなことするの?」「わかんない。クセみたいなもんじゃない?」

 これ以上臭水BOY(臭い水をかけてくるやつのこと)のことを掘り下げても仕方がないと判断した私は、いよいよ息子を追い詰める段階に入りました。

 「先生から今日来てないって連絡があったんだけど」さぁ、これでどうだ。素直に認めれば許してやろう。言い訳するようならゲームを没収する。「変なやつに顔盗まれたんだよ。だからスペアの顔で行った。ほら」そういって息子はプールバッグからゴムマスクみたいなものを取り出した。「これ被ってたから先生間違えちゃったんじゃん?」小道具まで用意して、なかなか凝ってるな。

 「いまはいつもの顔じゃん」「盗んだやつが公園にいたからはるちょ(お友だちの陽千代くんのこと)が捕まえてくれた」うーん。言ってることは無茶苦茶だけど、ギリギリのところで破綻してない。

 しかたなく「嘘つかないの! 顔を盗む人なんて聞いたことない!」とちょっと大きな声を出してみました。すると息子は泣きながら「なんでママは信じてくれないの!バカ!」と言って怒り出しました。

 結局、来週のスイミングスクールには一緒に行って確かめることになりました。もしかしたら、ちょっとかまって欲しくて色々やってしまったのかな。まだまだかわいいな。

 実際にスイミングスクールに行ってみると、途中でやたらと息子の顔を剥ごうとしてくる顔のない子どもはいるし、なんかよくわからない生き物が臭い水を撒き散らしながら泳いでるし、もう無茶苦茶でした。ごめんね、息子。

(何度考えても、公園で水着を濡らすという行為の意味がわからなくて、それが一番怖い)

女優が売れても歌手活動しなくなった

 「何をするか」よりも「誰がするか」が大事なことは多い。私が「板垣死すとも自由は死せず」って言っても歴史の教科書には載らない(そもそも板垣じゃない)。でも私が死んだって板垣が死んだって、自由が死なないことには変わりないじゃないか。まぁとにかく「誰が」が大事ってこと。

 これは音楽の分野でもそうで、広末涼子も『MajiでKoiする5秒前』とか歌ってたし、柴咲コウも歌ってた。人気が出た女優に歌わせるっていう定番の流れみたいなものがあったんだと思う。曲作りに関わった人には申し訳ないけど、これも「誰が」が大事であって、何を歌うかは二の次なんじゃないかな。

 でも、純粋に音楽を聴くって観点からすると、こういう企画って邪道な気がするな。そんな風にぼんやり感じてたんだけど、他の人たちもそう感じていたみたいで、それが一気に爆発した。

 2013年7月、剛力彩芽が『友達よりも大事な人』をリリースした。剛力彩芽が元気いっぱいに歌い踊るこの曲は、強力にプッシュされて街中で流れ、賛否を巻き起こした。この騒動をきっかけにタレント性が重視され、音楽性がないがしろにされる状況に危機感を抱いた人たちは「音楽性同盟」を結成して、剛力彩芽をターゲットに批判を繰り返した。

 「音楽性同盟」は、サブカル崩れの音楽好きやタレント性ばかりの音楽シーンに飽き飽きした大衆を中心に支持を集め、勢力を拡大、ついに全世界で「音楽純粋法」の成立を達成した。「音楽純粋法」は音楽からタレント性をはぎ取り、純粋な音楽性だけで評価するための法律だ。この法律が施行されて以降、すべてのアーティストは覆面になった。名前も無機質な文字列がランダムに与えられ、音楽と関係ない全ての情報が排除された。

 騒動のきっかけとなった剛力彩芽も、それ以降歌手活動をすることはなくなったかに思えた。しかし、「音楽純粋法」によって名前は明かされていなかったが、実は剛力彩芽は歌手活動を続けていたのだ。

 そのことが発覚したのは、剛力彩芽が恋人の実業家と民間人初の月面旅行に旅立って数日後のことだった。月面からの電波で地球上のスクリーンがジャックされ、そこに剛力彩芽が映し出されたのだ。そして、剛力彩芽はやはり元気いっぱいに歌い踊った。

 その曲は「純粋音楽法」の下ではklpn4519の『JNAV4PwU』と呼ばれていたが、剛力彩芽自身の口から剛力彩芽の『あなたの100の嫌いなところ』という曲であることが明かされた。それから剛力彩芽は立て続けに自分の曲を発表した。

 「純粋音楽法」の施行によって、タレント性が取り上げられ、「灰色の時代」と呼ばれるようになった音楽に、再び輝きが取り戻された。しかし、悪法でも法は法。もし地球に戻ってきたら、剛力彩芽は死刑に処されてしまう。

 地球に戻ってこれない剛力彩芽は、そのまま月面で亡命生活を送ることになった。今でも時々、月面から電波に乗って元気いっぱいの剛力彩芽の歌が届く。もちろん違法だ。でも、誰も何も言わないけど、きっとみんなそれを楽しみにしている。

大粒のミンティア

 心当たりがある人もいると思うんだけど、暗い青春を送った者は悪魔に心ひかれる。私も例に漏れず悪魔召喚の儀式を試した。いわゆる黒歴史ってやつだ。全国のイケてない中高生の9割は試したんじゃないかな。そのうち実際悪魔を召喚することに成功したのはどれくらいいるんだろう。私は成功した。

 本に書かれたとおり儀式を行ったら、手書きの魔方陣から悪魔が出てきたので、契約を結んだ。中学生の頃、私は身長も低いし、髪は天パで、その上ニキビ面だったので、別の自分になりたかった。そういうわけで、魂と引き替えに変身する能力を手に入れた。変身のスイッチはフリスクとかミンティアとか、ミントタブレットを食べること。そうすることで、私は「暗黒堕天使(ダークネスフォールンエンジェル)ルシファス」に「受肉降臨転身(アドベントチェンジ)」できる。

 ルシファスは美しい青年だが、その目元にはどこか冷たさが宿っている。銀の長髪に混ざるひと筋の金髪は、彼に神の血が流れていることの証でもある。レザーコートには銀のチェーンが巻かれているが、これは強大すぎる力を制御するためのものだ。等々。当時の私がかっこいいと思うものがてんこ盛りになっている。

 試しにフリスクを食べてみると、イメージ通りのルシファスの姿に変身することができた。最高だ。この姿なら、きっと女子にもモテる。そう考えた私は、密かに思いを寄せていたミサトちゃんのところへ向かった。

 ミサトちゃんの下校ルートで待ち伏せしていると、同じ部活の仲間と一緒にミサトちゃんがやってきた。変身して自信に満ちあふれていた私は、ミサトちゃんに声をかけた。「俺はキミを見つけるために、幾千年の時を経てここに来た。」キマった。完璧だ。

 しかし、予想に反して、ミサトちゃんの反応は薄かった。「え、何?」という感じだ。その先に何を言うか考えていなかった私がまごまごしていると、ミサトちゃんたちはそのまま行ってしまった。あとで「いまの何だったの?」「こわ」「キモ」「ダサ」などと言っているのが聞こえた。(クレアオーディエンスの力で聴覚が強化されていたため)

 なんかものすごく傷ついた私は、それ以来ルシファスに変身することはなかった。

 

 ミントタブレットを食べるとルシファスになってしまうため、それから今までの20年間、私は一度もミントタブレットを食べなかった。口臭が気になるときはミントガムを食べればよかったし、別に困ることは全然なかった。しかし、いま私にピンチが訪れた。

 中学から県立の高校に進み、さらに地元の大学を卒業した私は、そのまま地元の樹脂メーカーに就職した。すでに30歳を過ぎ、社内でも中堅どころという扱いだ。いま新規の取引先の社長との打ち合わせ(という名の飲み会)が終わった。

 肉料理のソースにニンニクが入っていたからだろうか、取引先の社長はおもむろにミンティアを取り出した。しかも大粒のやつだ。すかさず同席していた先輩が「あ、なんですかそれ? そんな大きいのあるんですか?」と言った。これは相手を気持ちよくさせるためのリップサービスだ。実際にはこの先輩が同じもの持っているのを私は知っている。社長は「なに? 知らないのか。あげるから手を出しなさい」と楽しそうに言った。先輩も「えっ! いいんですか? ありがとうございます」などと言っている。やばい。この雰囲気では食べないという選択肢は選べない。

 なんかフルーツ味っぽいので、もしかしたら変身しないかもしれない。私はそこに一縷の望みをかけて、意を決して大粒のミンティアを口に入れた。

 大粒のミンティアだったからか、私はきもち大きめのルシファスに変身した。ルシファスも20年分老けていて、パッとしないヴィジュアル系のバンドマンみたいになっていた。

ハンバーガーデイの革命

 小さい頃、ハンバーガーは特別な食べものだった。いつもお母さんが連れて行ってくれる国道沿いのマクドナルドには大きなアスレチックみたいなのが併設されていて、わたしはそこで遊ぶのが好きだった。特にボールプールが好きで、連れて行ってもらうとずーっと薄いプラスチックでできたボールの中に潜っていた。

 ハンバーガーを食べるということは、おもちゃ(ハッピーセットのおまけ)をもらうこととアスレチックで遊ぶこととセットだった。だから、お母さんが「今日のお昼はハンバーガーにしようか」というと幼いわたしは文字通り狂喜乱舞した。

 わたしが毎日毎日「ハンバーガー食べたい!」と騒ぐもんだから、お母さんは困って、ひとつルールを作った。ハンバーガーを食べに行くのは毎月22日。こうしてハンバーガーデイが制定された。

 はじめは、毎月22日が待ち遠しくて、カレンダーの22日をシールでデコっては、その日が来るのを指折り数えていた。でも、わたしも成長して、以前ほどハンバーガーが好きではなくなっていた。アスレチックでも遊ばなくなった。

 だんだんハンバーガーデイは義務みたいな感じが強くなってきてしまった。「ハンバーガーを食べられる日」から「ハンバーガーを食べなきゃいけない日」に変わってしまった。もう何年も続けてきた習慣だし、なんとなくわたしもお母さんも「もう止めようよ」とは言えず、毎月22日はハンバーガーを食べた。諦念の味がした。

 そのうち、モスバーガーにはライスバーガーという、米で焼き肉を挟んだメニューがあることを知った。わたしは早速お母さんにそのことを報告し、初めてマクドナルド以外のお店でハンバーガーデイが催されることになった。

 「わ、ほんとにハンバーガーがご飯でできてる!」「これハンバーガーにカウントしていいの?」「むしろおにぎり側だよね」「意外とおいしい!」などと、その日のハンバーガーデイは久しぶりの盛り上がりを見せた。

 さらにモスバーガーには菜摘(なつみ)というレタスで肉を挟んだメニューなんかもあり、マンネリ化していたハンバーガーデイにある種の革命を起こした。世界が拡がったような気がした。わたしたちは色々なハンバーガー屋さんの情報を集め、ハンバーガーデイになると美味しそうなお店や面白そうなお店に出かけるようになった。それがいけなかった。

 近場のお店を一通り制覇したわたしたちは、原点回帰っていうことで、久しぶりにいつもの国道沿いのマクドナルドに行くことにした。しかし、様子がおかしい。アスレチックの上になにやら偉そうな格好をした大人が立っている。聞けば、この人はハンバーガー皇帝で、この店舗を拠点に日本政府へ反旗を翻し、ハンバーガー帝国として独立したのだそうだ。わたしたち親子が目を離したばっかりに、こんなよくわからないやつに思い出の場所を乗っ取られてしまった。

 ハンバーガー帝国は破竹の勢いで勢力を拡大し、今では日本の3分の2を支配している。といっても、今までと生活が大きく変わるわけではない。そのせいか世間の関心も低く、みんなハンバーガー帝国の民になることに抵抗がないようだ。このままでは日本がハンバーガー帝国に取って代わるのも時間の問題だろう。

 ただ、ハンバーガー帝国は臣民にひとつだけ新しいルールを課した。それが「毎月22日はハンバーガーを食べること」。

 わたしたちは今、レジスタンスとしてハンバーガー帝国と戦っている。だって、「ハンバーガーを食べなきゃいけない日」の退屈さを知っているのはわたしたちだけなんだから。

奮戦した敵を手厚く葬る指揮官になる妄想

 つまらん。何がつまらんかって上司ですよ。まぁ簡単に身近な上司を紹介しますと、まず責任とらない系上司。仕事を押しつけるだけ押しつけておいて、何かミスがあると「担当者の責任」とか言ってくる。

 次に勘違い系上司。若手の意見もちゃんと聞いてるぜ!俺についてこい!みたいな奴。距離を詰めたいのかなんだか知らないが、馴れ馴れしく話しかけるな。

 あと、いい人。仕事のケアもそうだし、きちんと休みが取れてるかも見てくれている。的確なアドバイスをくれるし、精神論を振りかざすこともない。仕事がしやすい。

 以上。全員クソ。いや、実生活ベースで考えたら3番目の上司は最高なんだけど、やっぱつまらん。クソつまらん。

 まず振れ幅が小さすぎる。イヤな上司って言ったって、まぁたかが知れてる。感情が高ぶると背中から生えている管状の器官から毒霧を噴射するとか、仕事でミスした部下は速攻で首を切り落としデスクの脇には首のない死体が散乱してるとか、そういうイヤな上司がいない。

 いい上司にしてもそう。なんか普通の人の範疇。範囲内の味方全員の機動力を倍にする能力の持ち主とか、幼い日の部下を巨大サメから身を挺して守り右腕を失うとか、そういうやつはいない。つまらん。

 もし俺が、部下を率いる立場になったら「奮戦した敵を手厚く葬る指揮官」になるね。

 他社と企画のプレゼン合戦になったとする。これは大きな仕事だ。負けるわけにはいかない。こちらは中堅のカンバヤシにリーダーを任せる。カンバヤシは手堅い仕事がウリだが、爆発力がない。この戦を通して1つ上の男になってもらおうという采配だ。(失敗が許されない状況で、こういう不確定要素に賭ける豪胆さが上司としての俺の魅力でもある。)

 最初は緊張でガチガチだったカンバヤシも、俺のフォローで周りを見る余裕ができてくる。こうなると、元々人望のあるカンバヤシだ、うまく周りを巻き込んで最高の仕事をしてくれた。準備は万端だ。

 プレゼン合戦の当日、ライバル会社のプレゼンターはドクロガワだった。どんな汚い手段を使ってでもプレゼンを成功させることで有名な傭兵だ。この業界では嫌われ者だが、その腕前は誰もが認めている。相手にとって不足はない。

 いよいよプレゼン合戦が始まった。しかし、カンバヤシの様子がおかしい。プレゼン用のリモコンの調子がおかしいのか、スライドがいつまで経っても次に進まない。

「キヒヒ、お前の探しているのはこれかい?」

 ドクロガワの手には単四電池が! こっそりカンバヤシのリモコンから電池を抜いていたのだ。噂通りの卑怯さだ。だが、こんなことで鍛え上げられた我らの兵は動揺しない。後輩のカヤマがアイコンタクトでスライドをめくっていく。日頃の信頼関係があってはじめてできる阿吽の呼吸だ。

 カンバヤシのパワーポイントが炸裂してドクロガワは爆発四散した。我が軍の勝利だ。

 カヤマがドクロガワの遺体に杭を打ち込んで、それを掲げて勝利を誇示しようとしたところを俺は制止する。

「なんで止めるんですか!」

 俺は黙ってドクロガワの遺体からペンダントを外してカヤマに見せてやる。そこにはドクロガワとその娘の写真がはめ込んであった。こんな時代では、娘を守るために汚いことでもなんでもやるしかなかったんだろう。

「こやつにもこやつなりの正義があったのだ。真の戦士として手厚く葬ってやれ」

 みんながみんな生きることに必死なのだ。この戦いに正義はない。あるのは純粋な願いだけである。我々は敬礼をもってドクロガワの遺体を大海原に送り出した。

君はもう白ち〇ぽを見たか

 朝起きたらアレが生えてた。今まで凹だったわたしの股ぐらに凸が生えてた。恥ずかしながらわたしはそういう経験がないので、これが本当にアレなのかはわからないんですけど、まぁでもたぶん噂に聞いたことがあるアレだと思う。なんか人から聞いた話と特徴が一致している。

 わたしのアレはちょっと申し訳なさそうな表情をしていて(顔があるわけじゃないんだけど)、色白だ。なんなら本体のわたしよりも色白だ。この野郎! ナヨナヨしやがって! シャキッとしろ! なんてことを無意識に考えだしはじめていて自分にビビる。なんかマチズモっぽいじゃないですか。やはり肉体の変化は精神にも影響を及ぼすというのだろうか。

 幸か不幸か、自分の股を人に見せる機会はないので、とりあえずこのことは自分だけの秘密にすることにした。なんかブラブラしたものが股にくっついているのは落ち着かない。パンツにもおさまりが悪い。しかも、これが急所だなんて意味が分からない。なんでそんな大事な臓器が体の外側に出てるの。

 個人的な感覚としては、心臓が股の間からぶら下がっているくらいの気持ちだったので、アレが生えてからのわたしはずいぶんビクビクしているように見えただろう。でも、だんだんビクビクしているのにも疲れてきて、このままじゃいけないと思ってアレを鍛えることにした。とりあえず、ナヨナヨした色白の肌を変えるべく、アレを日に当てた。日の差し込む窓際でパンツを脱いで寝ころんだ。あとは、ちょっと怖かったけど、触ってみたりした。

 わたしの努力に応えるように、アレはだんだんとたくましくなっていった。まぁ他のアレのことは知らないんだけど、自分で見ていてちょっとイケてるんじゃないかって思うくらいになった。

 そうなるとわたしの内部でムクムクとイケない欲望が頭をもたげてきた。

 

「これを誰かに見せたい」

 

 いや、この考えがイケないことだっていうのはわかってる。急にこんなもん見せられたらトラウマ負っちゃうかもしれない。最初のころと違って、いまのアレはなんかグロいし。もちろん、しかるべき病院にいけばお医者さんが見てくれて、なんならサクッと切り取って元に戻してくれるかもしれないんだけど、そうではなくて、なんかこう、できれば、できればだけど、若い女の子に見てもらいたい。

 いやいや、ダメだダメだ。こんなこと考えちゃダメだって思えば思うほど欲望が大きくなっていく。最悪、身内ならどうだろうか。妹なら大事にならないんじゃないか。でも、流石にそれがトラウマになって男性恐怖症とかになったら責任持てないしな。

 そういうわけで、妥協案として母に見せることにした。

 わたしは全裸にトレンチコートといういで立ちで、風呂上がりの母を廊下で待ち伏せした。そして、タイミングを見計らって、ワッと飛び出した。ぼろん。

「え、あんた! 何それ?」

 何って、ち〇ぽじゃなかったのか。じゃあ何だろ、これ。誰か心当たりがある人がいたら教えて下さい。

虫歯の痛み

 坂口安吾はエッセイで、虫歯と性病は同じ種類の痛みだって言っていた。わたしは虫歯にも性病にもかかったことがないから全然共感できない。だいたい虫歯っていう名前が変だ。虫歯の原因は虫じゃないんだから。虫に対する深刻な風評被害だ。訴えられても知らないぞ。

 そんな風に考えてたのに、なってしまいました虫歯。歯が痛いなーと思って鏡で見てみたら、歯の根元から虫の脚みたいなのが飛び出していて、「なるほど!だから虫歯って言うのね。」と腑に落ちた。なんか日々その虫の脚みたいなのが増えていくし、こりゃさすがにマズいと思って歯医者さんに行くことにした。

 歯医者に行くので部活を休みますって言ったら部長から「虫歯くらいで部活を休むな」的なことをグチグチ言われた。うるせー。

 虫歯はすごく痛い。でもそのわりに軽く見られがちだ。わたしもこの間まで、虫歯の痛みに全く共感できなかったのに、今では全世界の虫歯リスト(虫歯になっちゃった人のこと)と励ましあいたいと思ってしまっている。ツラいぜ虫歯。

 とにもかくにもグチグチ言っている先輩のことは無視して(虫だけにね)歯医者に向かう。もう上の歯も下の歯も全体的に虫の脚が生えてきていて、ムカデみたいになっている。いまにも歯ぐきから飛び出して行ってしまいそうだ。すごく痛い。

 よく虫歯になった人が「虫歯が腫れちゃって」なんて言いながらマスクをしているのを見たけど、あれって腫れたとか関係なくて虫歯がどっかにいっちゃうのを防ぐ意味があったんじゃないの。

 歯医者さんに着くと、すぐにドリルとか変なノズルみたいなのがたくさん備え付けられているハイテクな椅子に座らさせられた。歯医者さんは鏡のくっついた棒をわたしの口の中につっこんでふむふむしたあと、「かなり進行しているね。さっそく治療しよう」と言った。

 すぐに麻酔を打たれ、口の中の感覚が消えた。「痛かったら手を挙げてくださいね」っていう定番のセリフを聞くことができてちょっと感動したけど、すでにもう痛い。でもたぶんこの場合の「痛かったら」は「(治療が)痛かったら」っていう意味なんだろうなって解釈して手は挙げなかった。この痛さは虫歯由来だ。

 手を挙げることのないまま治療は終了し、私の口の奥の方はメタリックな感じになって銀色に輝いていた。まだ虫の脚がバタバタ動いていたけれど、とりあえずどっかに行っちゃうことはなさそうだ。痛みも消えた。