マッサージの真実

 営業時間を過ぎたマッサージ店に人がやってくるのを見たことはないだろうか。あれは特別なマッサージ師だ。彼らはマッサージ師にマッサージを施すために全国のマッサージ店を巡っている。

 マッサージ師とはいっても、やはり人間。人々のコリをとるうちに自分にもコリが溜まってくる。マッサージ師専門のマッサージ師は、閉店後のマッサージ店を巡ってコリをほぐす。

 ここから先の話は聞いた話だが、マッサージ師専門のマッサージ師をマッサージするマッサージ師もいるらしい。そして、そのマッサージ師をマッサージするマッサージ師も…

 こうして、マッサージ師のコリは段々と1人のマッサージ師に集約されていく。日本中のコリをその身に宿したマッサージ師は、マッサージ神と呼ばれ、誰からもマッサージを受けずに長い年月をかけて山奥で自らを癒す。

 マッサージ神のおかげで、世界のコリの総量はバランスを保っているのだ。マッサージ神に感謝。

偽のクリスタルスカル遺跡

 ディズニーランドってすごい!

 高校生になって、初めてできた彼氏にディズニーデートを誘われた。わたしは、ハッキリ言って嫌だった。ディズニーデートをするカップルは別れるっていう伝説があったからだ。

 この伝説は、オカルトでも何でもなくて、ただ単に交際歴の浅いカップルがディズニーランドに行くと、その待ち時間の長さに話題を失ってしまって、結局会話が盛り上がらず別れてしまうということだった。

 わたしも、おしゃべりには自信がない方なので、ディズニーデートに誘われた時はイヤだった。でも、彼氏からの誘いを無碍にする訳にもいかない。

 結局わたしたちはディズニーシーに行くことになった。ディズニーシーは久しぶりにきたけれども、やっぱり面白い。ベネチアの街並みを真似たであろう風景もそれっぽいし、海底世界も作り物ながらリアリティを保っている。

 特に、わたしが感動したアトラクションは、インディージョーンズのやつだ。古代の遺跡をモチーフとして作られたアトラクションで、ハリソンフォード似のロボットが冒険を案内してくれる。

 数百年後には、この世界も遺跡になってしまうのだろうか。そういう風に考えると、このインディージョーンズのアトラクションは、遺跡になるのにふさわしい。神秘の宝、それを守る怪物、冒険に必要なすべてが揃っている。

 わたしは、数百年後の世界で、本物の遺跡になったアトラクションのことを考えながら、240分待ちの列に並ぶのであった。

(未来世界では、人類に代わってイカが世界を牛耳ると言われています。進化したイカが、ロボットのインディージョーンズをどういう風に解釈するかは謎ですが、仲良くやってくれればと思います)(わたしたちは仲良くやれませんでした) 

あの娘かまいたち

 帰宅して、スーツを脱いで驚いた。お腹のところに切り傷ができている。ちょっと血が出てるかなってくらいの浅い傷だけど、結構長い。今日は一日スーツを着ていたし、こんなところに傷がつくはずはないんだけど。

 もしかして、誰かに呪われてるのかな。だとしたらマズいぞ。今回は浅い傷で済んだけど、だんだんエスカレートしていって、呪い殺されてしまうかもしれない。はやく犯人を見つけないと。

 古くから「人を呪わば穴二つ」と言われている。人を呪うときは、自分にもその呪いが返ってくると心得よ、そういう意味の言葉だ。ノーリスクで人を呪うことはできない。今回の傷が浅かったのは、初めての呪いで自分への返呪にビビっていたのかもしれない。

 そこで閃いた! 私を呪った犯人は、きっと同じ場所に似たような傷があるはず。それを探せばいいんだ!

 でも、お腹の傷を探すのは難しい。私は友人や同僚、後輩を片っ端から銭湯に誘った。断ったやつは犯人だ。意外にもみんな誘いに乗ってくれた。だけど腹に傷を持っているやつはいない。

 じゃあ先輩とか上司が犯人か? 私はガラにもなく社員旅行の幹事に立候補し、温泉旅行を敢行した。ずっと温泉で見張っていたが、それらしい人は見つからなかった。

 腹の傷はまだ治らない。やはり、呪いでできた傷なのだ。「強い想いを込められた傷は、その想いが晴れない限り消えることはない」とマンガで読んだでござる。まだ恨みは消えていない。

 めぼしい知り合いはもうチェックしつくしてしまった。ということは、犯人はもしかして、女性? 普段まったく女性に縁がないので、その線を考えていなかった。しかし、女性の腹を見る方法など…

 私は意を決して、稀代のプレイボーイとして生まれ変わった。犯人探しのために女性をたくさん口説き、夜を共にした。そうまでしても、犯人は見つからなかった。逆に、たくさんの女性に恨まれる結果になってしまった。

 結局、犯人探しは失敗に終わった。その過程で私は、たくさんの女性を傷つけてしまったので恨みを買ってしまい、今では全身に大小様々な呪いの傷ができてしまった。しかも、銭湯を気に入ってくれた男性の知り合いから、逆に銭湯へ誘われることが増えた。めちゃくちゃしみて痛い。私は切り傷に効く温泉に行くべく、再び社員旅行の幹事を買ってでた。

瞬間、心、揃えて

 小中高と地元の公立校に通っていたので、大学で上京した時は、世界が広がったように感じた。FFで飛空艇を手に入れた時のような、ポケモンで「なみのり」が出来るようになった時のような、そんな感じ。共感してくれる人も少なくないんじゃないか。

 大学には色んな地方から人が集まるから、地元の話が盛り上がる。ある時、関西出身のニシノが「仕舞っといて」という意味で「なおしといて」と言った。それを知らないヤマオカが「どこが壊れてるの?」と答えたら、周囲は大盛り上がり。「なおす」を知ってる勢と知らない勢が、お互いを「変なの〜」と言ってキャッキャしはじめた。

 定番の「今川焼きを何と呼ぶか」から始まって、「千葉の小学校では朝の出席確認の時に『はい元気です』と返事をする」といった地方独自の風習にいたるまで、それぞれがローカルあるあるを披露する流れになった。

 うちの地元では、号令が「起立・気をつけ・礼」ではなく、「起立・心をそろえて・礼」だった。なんなら「いただきます」や「ごちそうさまでした」の前にも「心をそろえて」をくっつけた。

 それを話したら、みんな口々に「変なの〜」と言った。もちろん、そういう流れだったので、別になんとも思わなかったが、ヤマオカの一言がどうにも心にひっかかった。

 

「本当に心、そろってたのかよ〜」

 

 確かに。今までそれを疑ったことはなかった。「心をそろえて、礼」の後には「おはようございます」「よろしくお願いします」「いただきます」と声をそろえて言っていたので、なんとなく心もそろっていたような気がしていた。

 でも、もしかしたら我々の心はバラバラだったのかもしれない。「心をそろえて」の時、姿勢を正して、無心になっていたけれども、同級生は、地球の裏側で起きている戦争を憂いていたり、火星の水のことを考えていたり、好きな子のことを考えていたりしたのかもしれない。そして、その全員がそれぞれ心がそろっている気がしていたのだとしたら?

 実は互いに何百光年も離れている星が、地球からは星座を作っているように見えるみたいに、我々の連帯感も「心そろえて」という言葉が作り出した幻影だったのかもしれない。

 地元から離れた東京で、そんなことに思い至った。悲しいような、ひとつ大人になったような、そんな気持ちになって黙っていたら、バカにされて傷ついているのだと勘違いしたヤマオカが「群馬では『起立・注目・礼』だぜ」と言った。一緒にするな。

外国人観光客は満員電車で喜ぶらしいですよ2

 毎朝満員電車に乗って通勤している。満員電車に乗るときのコツは自我を捨てることだ。自分が自分であるという意識を捨てて、モノのようになることだ。たまに電車内でケンカをはじめる愚か者がいるが、修行が足りん。自我を捨て去れば争いなど起きるはずはないからだ。あと、電車が遅れるから迷惑なのでやめてほしい。

 満員電車の中では、自分がどんな体勢になるかも選べない。いくつもの偶然が影響して、ひとつの形に落ち着く。そして駅から駅へ運ばれていくのだ。満員電車は禅の修行にも通じる無我の境地へと続く高い精神性がある。(禅の修行などしたことはないが)

 今朝も私は自我を消し去り、流れに身を任せた。いつもより多少は空いていたのだろうか、座席の前のスペースにたどり着いた。(空いているのであれば、車内中ほどまで進むのがルールだ)

 座席の前のスペースは、実は上級者向けだ。座席に座っている人は、無我の境地に達していない場合が多い。だから、うっかり足を踏んでしまったり、後ろから押された勢いで倒れ込んだりしてしまうとトラブルになりやすい。私はいつもより緊張感をもって、少し踏ん張りを効かせるような形で立った。

 私の目の前に座っているのは、50代前半くらいの男性。身につけているものから判断するに、裕福そうだ。眠っているようで表情はわからないが、眉間のあたりの雰囲気から、少々頑固そうな性格がうかがえる。

 その男性と接触しないように気を張りながら過ごしていたが、しばらくしたら男性は目を覚まし、急に立ち上がった。まだ次の駅に着くには少し早い。そういうわけで、私はつり革を掴んだまま少し後ろに下がり、その目の前に男性が立っているという状況になった。満員電車なので、お互い身動きがとれる範囲は非常に狭い。

 ここで私は大変なことに気がついた。もし、いま私がつり革を手放してしまうと、振り子の要領で輪っかの部分が男性の頭にガーンッと当たってしまう。かといって、離さないことには男性を通すスペースを空けることができない。

 電車はだんだんと速度を落としてきた。そろそろ次の駅に着く。私は男性の顔を見た。目は合わなかったが、男性が私のことを強く意識しているのは伝わった。男性はつり革に当たらずに降りたい。私はつり革を当てずに道をあけたい。

 2人の想いはひとつだ。そう確信して、私はつり革から手を離し、道をあけた。私の手から離れたつり革は、円軌道を描いて男性の頭にガーンッとぶつかった。男性は「チッ」と舌打ちして、乱暴に電車から降りていった。

日本へのホームステイ

 日本へのホームステイが決まった。ホームステイ先には、僕と同じくらいの年の女の子がいるらしい。ちょっと期待しちゃうね。

 検索したら普通にその子のSNSのアカウントが見つかった。これはこっそりチェックするしかないでしょ。

 アップされている画像を見る限り、結構かわいいんじゃないか? やったぜ! 加工されているので確証は持てないけどね。ちょっとギャルっぽい感じ。

 それより問題なのは、この子がホームステイしてくる外国人(つまり僕)にめちゃくちゃ期待していることだ。「今度うちに留学生くる。ジャスティンみたいだといいな」とか「ハイスクールミュージカルまぢ憧れ」とか「ステキな出会いにむけて英語なう」とか書いている。

 オイオイオイ。ちょっと待ってよ、僕ナード(わかりやすく言えばオタク。スクールカースト下位。三軍)だよ? この期待は重すぎる。絶対に応えられない。だいたい、ホームステイ先に日本を選んだのだって、NARUTOが好きだからだし……

 彼女は金髪碧眼が来るものと思っているらしい。僕は、たしかに瞳は青いけど、髪は暗い色だし酷いくせ毛だ。どうしよう……

 まぁ日本に行ってしまえば、こっちでの僕がどんなやつかなんてわからないし、思い切ってイメチェンしよう。どうせ言葉も大して通じないし、見た目だけでもジャスティンっぽくなったら、なんとかなるだろう。

 そう考えて、美容室に行って、思いっきりイケてる感じにしてもらった。けど、完成した姿は、どう見ても無理してるヒョロガリナードだった。絶望だ。内面が外見にまでにじみ出ているのだろうか。

 結局そのまま出発の日を迎えた。まぁ内面が外見ににじみ出ると言うのなら、内面を磨けばいいだけのこと。日本で禅や空手を学んでナイスガイになって帰ってくるぜ!

 

(結局、禅も空手もやらず、毎日アニメを観て、お土産にマンガを買い込んで帰ってきたのですが、例の女の子のSNSにのせられているアプリで加工された僕は案外イケてました。)

機動戦士ゲルマニウム

 自分はロボットです。わざわざそんなこと言わなくてもロボットだっていうのは一目瞭然な見た目をしてるんですけどね。角ばってるし、関節にはシリンダーがついてるし、あだ名は機動戦士だし。

 自分を買ったご主人様は、早くに奥さんを亡くした初老の紳士です。子どももいないので、色々と身の回りの世話をさせようと買ったそうです。しかし、問題があります。自分は、説明書なしの状態でメルカリに出品されていたので、どんな機能があるか自分でもわからないのです。

 ご主人様は温泉好きで、自分に温泉を掘り当てるように命令しました。ダウジング機能とドリルアームを使えば余裕なミッションなんですが、残念なことにそんな機能はついていないようです。

 日頃からよくしてくれるご主人様には、どうにか恩返しをしたいので、見栄を張って「かしこまりました」と言ってしまいました。今は途方に暮れています。

 かくなる上は、戦闘用ロボットとしての武器を使って、温泉宿の女将を恐喝し、温泉を乗っ取るしかない! しかし、自分には戦闘用の武器など備わっていないのでした。

 仕方なく自分は、その辺の砂場に寝転がってボディを砂まみれにして家に帰りました。「温泉を掘る作業は順調です。もう少し時間はかかりますが、楽しみにしていてください」そんなその場しのぎを言って、ごまかしました。

 自分自身の嘘に良心の呵責を感じて、せめてもの罪滅ぼしとして、ご主人様の背中流しをすると申し出ました。心優しいご主人様は「今日頑張ってくれたから、お前は随分と汚れてしまった。先に身体を流しなさい」とおっしゃいました。

 「滅相もない!」「いいからいいから」というやりとりを3往復くらいして、なんとご主人様よりも先にお風呂をいただくこととなりました。

 自分にとっては初めてのお風呂体験です。シャワーで汚れを丁寧に落とし、お湯につかると、こう溶けるような感じで、身体がどんどん軽くなっていきました。

 実際、自分の身体は溶けていました。ただ、自分が溶けたお湯はミネラル分を多く含み、神経痛・リウマチ・産前産後の冷え性・成人病に効くと評判です。